56話 保育園お遊戯会準備1前半
第56話:保育園お遊戯会準備1前半
「パパぁ〜っ!」
保育園の門をくぐった瞬間、小さな声が弾けた。短い足をバタバタさせながら、制服姿のハルナが俺の胸に飛び込んでくる。両手でしっかりと抱きとめた瞬間、ふわっとシャンプーの香りが鼻をくすぐった。
「今日もよく頑張ったな、ハルナ」
「うんっ!パパも、おしごとおつかれさまでしたっ!」
小さな声が、胸に沁みる。この瞬間のために、一日働いてると言っても過言じゃない。
今日は金曜日。ハルナの通う保育園では、来月に控えた“お遊戯会”の準備が本格的に始まっている。年少さんから年長さんまでが、それぞれの出し物を発表するらしく、保護者への案内も配られたばかりだった。
「先生がね、“がんばっておどろうね!”っていってた!」
「お、じゃあハルナもおどるんだ?」
「うんっ!おほしさまのやく!キラキラ〜ってするの!」
そう言って、ハルナはその場でくるりと一回転してみせた。まだ制服のままなのに、まるでドレスを着ているかのように優雅な動きだ。見ているだけで癒される。横を通りかかった他の保護者も、思わずにこりと笑っていく。
「……可愛いすぎるやろ、我が娘」
思わず口に出し、俺は天を仰いだ。
でも、実際のところはお遊戯会の準備が始まったことで、ハルナがやけに張り切っているのは嬉しい半面、ちょっと心配でもあった。新しい環境、初めての舞台、そして団体行動。ハルナにとっては、きっとすべてが大きな挑戦だ。
「先生から連絡帳で、“ちょっと張り切りすぎてるかも”って書かれてたんだよな……」
夜、ごはんの後。食器を洗いながら、ハルナの今日の様子を思い出す。ご飯の時間にも、何度もお遊戯会のことを話していた。
「パパぁ、はるな、いちばんにおどれるかなぁ?」
「パパは見に行くから、ハルナの頑張ってる姿、ちゃんと見届けるぞ」
そう言うと、ハルナはほっとしたように、でも少しだけ不安げな表情を浮かべた。
そんな様子を、隣のカウンターで麦茶を飲んでいた姉貴がくいっと眉を上げて見ていた。
「ハルナ、頑張り屋だからな。ちょっと力入りすぎてるんじゃねーの?」
「そうかもしれん……。今日はちょっと疲れてたっぽい」
「無理させんようにしなよ、あんた本気で泣くんだから」
その言葉に、俺は苦笑いしかできなかった。
姉貴が言うように、俺は“親バカ”だ。自覚もある。でもな、俺にとってハルナは、ただの子どもじゃない。異世界から突然やってきた娘――でも今では、俺のかけがえのない家族だ。
「お風呂、入るー?」
ハルナの声がリビングから響く。テレビではアニメのエンディングが流れていた。
「お、パパも今行くぞー」
「さやかおねいちゃんはー?」
「今日は帰るってよ。お仕事あるんだって」
「えー、さやかおねいちゃんとおふろ入りたいー」
「それはまた今度だな」
ため息をつきながらも、姉貴はニヤついている。ハルナに“お風呂に入りたい相手”として名を挙げられたことが嬉しいのだろう。
そして風呂上がり、ハルナの髪をドライヤーで乾かしていると、ぽつりとつぶやいた。
「パパぁ、おほしさま、まちがえたらどうしよう……」
「大丈夫だよ、パパはハルナが舞台に立ってるだけで、じゅーぶん誇らしいぞ」
「ほんと?」
「ほんとほんと。間違えても、ニコって笑えば、全部キラキラに見えるから」
「……うん!」
嬉しそうに笑ったハルナは、毛布に包まれながら絵本を読み出した。
そのまま絵本を読んでいるうちに、目がとろんとしてきた。
「パパぁ……おほしさま、うまくできるかなぁ……」
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながら、頭を撫でてやると、小さな寝息が部屋に広がった。
……それが、週末の夜。
そして翌日、俺たちはお遊戯会の“衣装作り”のため、保育園に呼び出されることになる。
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