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52話 ぱぱとケンカ

第52話「ぱぱとケンカ



夕暮れのリビングには、テレビの青白い光がぼんやりと灯っていた。ソファにちょこんと座ったハルナは、いつも以上に夢中でアニメに見入っている。俺は台所で晩飯の準備をしながら、ふと時計を見た。もうすぐお風呂の時間だ。


「ハルナ、そろそろお風呂に入ろうか」と俺は声をかけた。


だが、ハルナは目もくれず、指で画面の中のキャラクターを追っていた。


「あと少しだけ…」と、小さな声で言う。


俺は手を止めて、深呼吸した。いつもなら、素直に「わかった」と返事してくれるのに、今日は違う。集中力がすごい。


「ハルナ、お風呂はパパと入るって約束だよな? 準備しよう」と少しだけ声のトーンを上げる。


しかし彼女は「うん」と答えながらも、すぐにまた画面に視線を戻した。


時計の針は刻々と進み、夕飯の支度もままならない。俺は一度、テレビの音量を少し下げてもう一度呼びかけた。


「もう時間だよ、ハルナ。お風呂に入らないと晩ごはんも冷めちゃう」


「でも、あとちょっとだけ…」彼女の声は震えている。


「分かった。でも、約束だから、今日は早く上がろうな」


そう言った俺の声は、どこか固くなっていた。子供相手に少し強く言い過ぎたかなと反省もあったが、夕飯も遅れてしまうし、何より毎晩のルーティンが乱れるのが心配だった。


テレビの画面に釘付けのハルナの視線を見て、俺はもう一度言葉を変えた。


「ハルナ、パパとお風呂入ろう? その後、ゆっくりアニメ見ような」


彼女は一瞬こちらを見たが、涙を浮かべて口を震わせた。


「ぱぱ、きらい!」


その言葉はまるで剣のように俺の胸を刺した。息が詰まって膝から崩れ落ちそうになる。


「ハルナ……」


俺は言葉が出なかった。何がいけなかったんだろう。叱ったことが、彼女の心にこんなにも傷をつけるとは思わなかった。たった一言で、こんなにも重くて辛い気持ちになるなんて。


その時、玄関のチャイムが鳴った。俺はフラフラしながら立ち上がり、玄関に向かう。


ドアを開けると、姉貴のさやかが立っていた。いつも通りの元気な顔ではなく、どこか疲れているように見えた。


「遅くなったけど、様子を見に来たよ。どうした?何かあったの?」


俺は素直に話した。


「ハルナがさ…お風呂に入りたくないって言って、しかも『ぱぱ、きらい』って言われた」


さやかは黙って俺を見て、少しだけ深いため息をついた。


「そっか…つらかったね」


彼女は玄関を入ってきて、リビングに案内してくれた。


そこには、テレビの明かりに照らされたハルナがソファに座り、うつむいていた。


「ハルナ、お姉ちゃんだよ。ちょっとお話ししようか」


ハルナはちらりと姉貴を見て、目をこすりながら頷いた。


「パパとケンカしちゃったの?」


「うん」


さやかはゆっくりと膝をついて彼女の目線を合わせた。


「アニメが見たかったんだよね? でもパパは、ハルナと一緒にお風呂に入りたくて、待ってたんだよ」


「うん…でも怒られた」


「そっか…パパも心配して強く言っちゃったんだよ。パパだってハルナが大事だから、悲しかったんだ」


俺は離れたところから、その会話を聞いていて胸が痛んだ。


「ぱぱはね、ハルナと一緒にお風呂に入るのが楽しみなんだよ。だから怒っちゃったけど、本当は大好きなんだ」


ハルナはまた涙をためて、ゆっくりと頷いた。


「ぱぱ、ごめんね」


「パパもごめんね、ハルナ」


俺は彼女の手を握り返した。こうして、初めて口にする「ごめんね」がふたりの間に温かく響いた。


その夜、俺とハルナは一緒にお風呂に入った。お湯の温かさと彼女の小さな体が、俺の疲れや悲しみを少しずつ溶かしていった。


「パパ、ありがとう」


その一言で、すべてが報われる気がした。


翌朝、ハルナはいつも通りの明るい笑顔で起きてきた。


「パパ、おはよう!」


俺も笑顔で返した。


「おはよう、ハルナ。よく眠れたか?」


「うん! いっぱい寝たよ!」


あの夜のケンカが嘘みたいに、ふたりの一日は始まった。


姉貴はそんな俺たちの様子を見て、何も言わずにそっと微笑んでいた

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