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45話 ワンピース買いに行く

第45話「ワンピース買いに行く」


「……なぁ、何でいるんだよ」


土曜の朝、まだ寝間着のままキッチンでコーヒーを淹れていた俺は、玄関から聞こえた鍵の開く音に眉をひそめ、顔を上げた。リビングへ続く廊下の向こう、ドアが開き、見慣れたシルエットが顔を覗かせる。


「ちょっと、パスワード変えといてくれって言ったよな?」


「パパ~? おきたの?」


「うん、ハルナ、おはよう。って、こら! 朝からその格好で出てこないの。ほら、パジャマのボタン開いてるぞ」


「へへ~……」


俺がハルナの前に屈みこみ、ボタンを留め直してやっていると、背後から不機嫌そうな声が飛んできた。


「相変わらず甘いわね、祐介。ボタンくらい自分で留めさせないと」


「……で、何の用なんだ、さやか姉」


姉――さやかは、遠慮という言葉を辞書に持たない人間だった。今朝も例によって突然やってきたのだろう。しかも手にはコンビニの袋と、明らかに人の家でくつろぐ気満々の態度。


「いや~、なんとなく。昨日の晩、会社の飲み会だったでしょ? どうせ洗い物溜まってるだろうと思ってさ」


「……そういうのは連絡してからにしてくれ。プライバシーって知ってるか?」


「知ってるけど、弟には適用されないかな~?」


「……はあ」


仕方なくため息をつきながら、俺は淹れたばかりのコーヒーをすする。


その時、リビングに座り込んださやかがハルナを一瞥して言った。


「……ていうか、その格好、まだ冬物じゃない?」


「ん? ああ……最近、朝はまだ冷えるし」


「もうゴールデンウィーク終わってるのよ? そろそろ夏服に切り替えた方が良くない? ……ていうか、まさか持ってないの?」


「……う」


俺は言葉に詰まった。いや、正確には、持っていないわけじゃない。ハルナが最初に来た時、いくつかの服を買った。しかしその後の急成長と、予想以上の暑さの前に、今の服では明らかに無理がある。


「そ、それは……今度、買おうとは思ってたんだけど……」


「思ってただけね。ダメじゃん」


さやかは完全に呆れた顔をして、ソファから立ち上がった。


「今週末、つまり今日。あたしが連れてってあげる。大型ショッピングモール、今セール中だから」


「ちょ、勝手に決めんなって」


「ハルナ、夏服欲しい?」


「ほしい!」


秒で肯定されてしまった。笑顔でぴょんぴょん跳ねるハルナの姿を見たら、俺はもう何も言えなかった。




大型ショッピングモールへとやって来た俺たちは、すでに覚悟していた混雑に揉まれながら、子ども服売り場へと直行した。


「え~と、このサイズで……」


「パパ~! これ! かわいい!」


「え? ああ、これか? ……でも、ちょっと高くないか?」


「うわ、祐介、ケチ臭い。子どもの服は、サイズ合うときに買わないとすぐ売り切れるのよ。しかも、これリネン混で通気性もいいし、見て、ラッフルスリーブで通気性抜群。なにより……ほら、似合うじゃん!」


すでにハルナは、さやかにワンピースを着せ替えられつつあった。いや、というか――


「え、いつの間に試着室行ったの?」


「さっきよ」


「パパ~、どう?」


ハルナがくるっと回る。その姿に、思わず俺の喉が鳴った。


「……か、かわいい。めっちゃ似合ってるな」


「でしょ?」


さやかがドヤ顔で頷いた。


「じゃあ、これ含めてあと二、三着。それと、Tシャツとパンツ系も。靴も必要ね。あと帽子も買っとく?」


「ちょ、待て、姉貴、ちょっと落ち着けって……!」


「落ち着いてるよ?」


「いや、あんたが選んでるの、全部フリルとレース付きじゃんか! これ絶対姉貴の趣味入ってるだろ!」


「失礼ね。ちゃんとハルナの趣味も聞いてるわよ?」


「パパ~、ふわふわ、すき!」


「……」


その一言に、俺は完全に敗北した。




「パパ~、これ、なに~?」


ハルナが指さしたのは、季節モノ特設コーナー。そこには浮き輪やゴーグル、ラッシュガードがずらりと並んでいる。


「うん? ああ、水着コーナーか……」


「水着ってなに?」


「うーん……お風呂みたいなところで着る服、かな」


その時、さやかがスマホを取り出して、何やら画面を見せてきた。


「これ。保育園からのお便り。来月、プール開きだって」


「え、もうそんな時期?」


「だから、ハルナの水着も用意しておかないとね~」


「え、まさか……」


「当然、あたしが選ぶわ。ハルナ、何色が好き?」


「うすぴんく~!」


「よっしゃ任せろ!」


「ちょっ、ま、待てってさやか姉ぇぇえ!!」


俺の声など誰の耳にも届かなかった。



こうして、我が家に帰宅したときには、俺はすでに疲労困憊だった。


しかし――。


「パパ~、これも、かわいい?」


「……ああ、どれも似合ってるよ、ハルナ」


俺の前で、嬉しそうに新しい服を並べるハルナの姿を見て、そんな疲れもすべて吹き飛んだのだった。


(……まあ、たまには姉貴の暴走も悪くない、か)


そう思いながら、俺は冷蔵庫を開け、麦茶を一杯飲み干した。


そして――台所の端に置かれたレシートの束を見て、俺は静かに目をそらした。


「……さやか姉、カードで全部払ったけど、後でなんて言わないよな……?」


「ん? なんか言った~?」


「いや、なんでも……ないっす」



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