44話 初めてのコンビニ
44話「初めてのコンビニ」
「パパ〜、これってなあに?」
小さな手が俺の指を引っ張って、ずらりと並ぶ明るい冷蔵棚の前に立ち止まる。ハルナの目はきらきらと輝いていた。
そこは――近所のコンビニ。
そしてこれが、ハルナにとって**初めての“コンビニ探検”**だった。
***
朝。昨日のお泊まりから帰ってきたハルナは、寝癖もそのままに「パパーっ」と玄関から飛びついてきた。あいりちゃんの家での一晩は、彼女をちょっぴり成長させていたようで、最初の頃よりも“人見知り”や“甘え”が少なくなっている気がした。
「ハルナ、ただいまのキスは?」
「ちゅっ!」
頬に音付きでくれたキスに、俺は笑いながら髪を撫でる。
「おかえり、楽しかったか?」
「うんっ! ぱんけーき、つくってもらってね、あといっしょにおふとんはいって、あいりちゃんと……それでね……」
とにかく楽しかったらしい。マシンガントークに“おねえちゃん”の余裕すら感じた。
だが――その夜。
「パパ〜、ハルナのスカートに……きのうジュースこぼしちゃってた……」
「あ〜、そっか。洗濯機回すか」
洗濯物を見れば、他にもお気に入りの靴下や、ぬいぐるみの服まで一緒にバッグに詰め込まれていた。
俺は洗濯機の前でため息をつき、リビングに目をやる。
そこに鎮座しているのは、姉・さやかが強引に買っていった――最新型のドラム式乾燥機付き洗濯機だ。
「ほら祐介! あんた洗濯物ぐちゃぐちゃに干すでしょ!? これはね、入れてボタン押すだけでふわふわになるの!!」
「……いや高ぇし……俺まだ使いこなせてないし……」
「いーの! ハルナの服がしわしわなのが私の精神に悪いの!!!」
……という、謎の姉理論で導入されたこの家電。
俺はおそるおそる、ハルナの服を放り込む。
「……スイッチ、オン……っと」
(ゴウン……ゴウン……)
回り出すドラムの音に、ハルナは目を輝かせていた。
「まわってるぅ〜!」
「そうだな。これでパパの出番は終わりだ」
「すごいね! このおせんたくき!」
「まあな……。パパが買ったんじゃないけどな……」
(姉貴……ありがとう……いや悔しいけど助かった……)
***
そして――その日の午後。
「おせんたくおわったら、どこかいこう〜」
「ん? どこがいい?」
「……こ! ん! び!」
「……コンビニか?」
「うんっ! このまえ、ばすでおんせんいくときにとおった、ぴかぴかのとこ!」
確かに、温泉旅行のとき、サービスエリアで似たような場所を見ていた。でも、家の近所にあるのは――ごく普通の、24時間営業のコンビニ。
だが、ハルナにとっては未知のワンダーランド。
「じゃあ……着替えて、いこうか」
「やったぁっ!」
***
そして今。
ハルナは棚という棚を、すべて「これは?」「なに?」「たべていい?」で攻略しようとしている。
「これはサンドイッチ。これはおにぎり。これは……甘いだけのパン」
「これ、ぱぱすき?」
「パパは、こっちの焼きそばパン派だな」
「やきそば? ぱんのなかに?」
「炭水化物に炭水化物を重ねた、背徳の味……」
「はくとく?」
「あ、えーと、ナイショの味?」
「んー、たべたい!」
まさかの焼きそばパンにロックオンされる娘。
俺はその横で、紙パックのミルクティーと、俺用のコーヒーも手に取る。
「アイスもある〜!」
「今日は買っていいけど、1個だけな?」
「うんっ!」
選びに選んで、最終的にチョコミントのミニカップを手に取る。
いつの間に好みが確立されたんだ。
レジで「おそろいですね〜」と店員に笑われ、袋を受け取り外へ。
「ハルナ、どこで食べようか?」
「こうえん!」
近くのベンチに座って、焼きそばパンを半分こ。アイスをちびちび舐めながら、ハルナは空を見上げる。
「こんびに、またいこうね」
「もちろん。パパと一緒に」
「こんどは、さやかちゃんもつれてこ!」
「……あいつ、こういうとこ来ると余計なもんばっか買うんだよな……」
「ぱぱとおそろいにするかも!」
「……それは、やめてほしいな……」
俺たちはベンチで笑い合いながら、ゆっくり午後の時間を過ごした。
コンビニ――それは、日常にあるちいさな冒険だった。