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42話ついに突っ込まれたハルナの耳

第42話「ついに突っ込まれたハルナの耳」


朝の保育園。

小さな園庭には、すでに何人もの園児たちが集まっていた。

祐介は、娘のハルナの手を引きながら、園の門をくぐる。


「今日も元気だな、ハルナ」


「うんっ! パパ、きょうね、たいそうあるの!」


「お、張り切ってるな」


そう言いながら、俺はしゃがみ込んで、ハルナの名札を服にピタッと留める。

あどけない顔の横で、特徴的に伸びた長い耳が、朝の陽光に透けていた。


エルフの耳。


俺の娘が“普通”ではないことを、俺は知っている。

そして――周囲の誰かが気づくのは、時間の問題だとも。


***


その予感は、突然に現実になった。


ハルナを預けて会社へ向かった俺は、昼過ぎに一本の電話を受けた。

園からだ。


『もしもし、○○保育園の△△です。お父さま、いまお時間よろしいですか?』


「はい。ハルナに何かありましたか?」


『実は……今日、お友達からハルナちゃんの“耳”について質問がありまして……』


「――!」


喉が引きつる。


『もちろん、園としては特別な事情があるお子さんであることは承知しておりますし、プライバシーも尊重しております。ただ、子どもたちはとても素直で……今日はその、“どうして耳が長いの?”という問いかけがあって……』


「ハルナは、何か気にしている様子でしたか?」


『いいえ。ハルナちゃんは明るく笑って、“おまじないの耳だよ”って言ってました。ただ……一部のお子さんが面白がって触ろうとしてしまって、それで少し――』


その後の話はよく覚えていない。

気づいたとき、俺は上司に「午後休を取ります」と告げ、保育園に向かっていた。


***


保育園の玄関先で出迎えてくれたのは、主任保育士の若林先生だった。


「お忙しい中、申し訳ありません」


「いえ。……ハルナは?」


「園庭で、あいりちゃんと遊んでいます。大丈夫ですよ、笑っています」


案内された園庭には、砂場で小山を作って遊ぶふたりの姿。

あいりちゃんの隣で、ハルナはにこにこしながらスコップを握っていた。


だが――その横を通りかかった数人の園児が、ヒソヒソと囁き合っているのが耳に入った。


「ほら、あれ、あいりちゃんのおともだちの……」「なんか、耳が、のびてるよね……」


そして、一人の男の子が、興味津々といった様子で近づいた。


「ねえねえ、なんで耳、うさぎみたいなの?」


――その瞬間。


俺は思わず立ち上がりそうになったが、それより早く、隣のあいりちゃんが立ち上がった。


「ちがうもん! ハルナちゃんの耳はすてきなんだよ! うさぎじゃないよ!」


「え……?」


「ハルナちゃんは、プリンセスなの!」


「ぷ、プリンセス……?」


その言葉に、近くにいた園児たちが目を丸くして、ざわつく。


「そうだよ! このまえ、テレビに出てたプリンセスと、そっくりだったもん!」


「おまじないで、耳が長いんだよ!」


それは、まるで小さな騎士のような堂々たる姿だった。


ハルナは少し照れながら、「そうだよー、おまじない」と笑った。

その姿を見て、俺の胸の奥にある緊張が少しだけ緩む。


けれど――このままではいけない。


***


夜。


自宅のリビングで、俺は真剣な表情で、ハルナと向き合っていた。


「ハルナ」


「なぁに?」


「今日、耳のこと聞かれたよな」


「うん。でもね、あいりちゃんが、かばってくれたの。えへへ」


「……怖くは、なかったか?」


「ううん。パパがまもってくれるもん」


「……ああ、パパは、ハルナをぜったいに守る」


その耳を、優しく撫でる。

この耳は、どんな“普通”よりも――この子の“特別”を象徴している。


「でもな、ハルナ。これから、もっとたくさんの人と出会うことになる。おともだち、大人、知らない人……いろんな人が、ハルナのことを見て、びっくりしたり、質問してくるかもしれない」


「うん……」


「そのときは、“パパが教えてくれるから”って言えばいい。な?」


「うんっ!」


俺は深く息を吸い込み、この世界で“パパ”として生きる覚悟をもう一度、胸に刻んだ。


***


翌週。


会社での昼休み、いつものように岡本と弁当を食べていると、彼がぽつりと切り出した。


「なあ祐介。こないださ、あいりから聞いたんだけど……おまえんとこのハルナちゃん、ちょっと耳、長いらしいな?」


「……ああ。そうだ」


「なんか、“プリンセスみたいだった!”って言ってたよ、うちの娘。まあ、俺も見たことないけどさ」


俺は弁当の箸を止め、しばらく黙っていたが――口を開いた。


「岡本。実はな……ハルナは、ちょっと普通とは違う場所から来たんだ」


「……あー、なるほど。なるほどな」


岡本は、それ以上深くは聞かなかった。

ただ、うなずいて、笑った。


「まあ、可愛いのは間違いないな。うちのあいり、大好きだって言ってたし」


「そうか」


「……祐介」


「ん?」


「大事にしてやれよ。お前、ちゃんと“親”してるよ」


その言葉は、予想外に温かかった。


「……ああ、パパだからな」


その一言に、岡本は吹き出した。


「おまえ、ほんと変わったなー」


***


夜。ハルナは寝る前に俺の膝にのって、本を読んでもらうのが日課だ。


「パパ、あいりちゃんね、きょうも“おみみきれい”っていってたよ!」


「そうかそうか。パパもそう思ってるぞ」


「ふふふっ」


頭を撫でると、くすぐったそうに笑う。

この子の未来に、どんな困難があっても――俺が全部受け止める。


この長い耳は、彼女の“誇り”なのだから。



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