3話 姉、突撃訪問
【第3話】姉、突撃訪問
朝食を終えた祐介とハルナは、近くの図書館で絵本を借りて帰ってきた。
図書館の職員に「まあ、可愛い子ね〜」と何度も声をかけられ、説明に困りながらも「妹の子どもで……預かってて……」と無難にごまかした。
ハルナは見た目だけでなく、物覚えの速さも驚異的だった。ひらがな表の前で一度だけ「これは“あ”だよ」と言えば、次にはスラスラと口にしている。理解よりも記憶が先に進むタイプらしい。
「……すげぇな。天才か?」
「てん…さぃ!」
本人は意味が分かっていないが、とりあえず嬉しそうだった。
そんなのどかな日曜午後。祐介がようやくソファに座った直後──。
「ゆっっっすけぇええええ!!!!!」
部屋のチャイムが鳴るよりも先に、玄関ドアが乱暴に開かれた。
同時に響き渡る、耳に馴染みすぎた、だが今は聞きたくなかった声。
「やっぱりいたー! あんた、なんで電話出ないのよ! 昨日も、今朝も! もしかして休日に死んでるんじゃないかって心配したわ!」
「いや、普通に寝てただけだし……!」
玄関からずかずかと上がり込んできたのは、姉・笹原真希。公務員にして超バリキャリ、そして──筋金入りの少女好き。
身長は祐介より少し低いが、ヒールと態度でそれを補って余りある存在感。淡いピンクのスーツに整った巻き髪、そのまま議員会館にいても違和感のない風格を放っている。
「……で?」
真希が、部屋の奥──つまり、ハルナを見た瞬間。
空気が変わった。
「……ふむふむ。茶髪、エルフ耳、年齢推定三歳。目元のバランス良好、手足の比率も美しい……ひょっとして──異世界産?」
「なんでわかるんだよ!!?」
というか、何の検査だ。
祐介は必死にハルナの前に立ち塞がる。
「やめろ、姉ちゃん。別に変なことじゃなくて、ちょっと訳ありで──」
「訳あり!? 最高ね! 最高にロマンチックじゃない! まさか、あんたにこんなご褒美が舞い降りるなんて!」
「落ち着けって!!」
興奮状態の姉に、さすがの祐介も戦慄した。が、姉の視線は完全にハルナに釘付けである。
「こんにちは、ハルナちゃん。私は祐介おじさん──じゃなくて、祐介の素敵な姉よ。よろしくね?」
ハルナは一瞬きょとんとしたが、すぐにぺこりと頭を下げた。
「……よろしこ!」
日本語の“よろしく”を覚えて、それっぽく言ったらしい。祐介は、成長の早さに驚くより先に姉の反応に備えた。
「っ……あぁ〜〜〜〜〜〜〜!! なんて、なんて尊いの! 今すぐ戸籍用意する! あと家も用意する! 引越し先、決定! 二階建て一軒家! 庭付き、車庫付き、屋根裏部屋もあるやつ!」
「落ち着けぇぇぇ!!!!!」
現実味を帯びたその提案が、逆に恐ろしい。
だが──。
結局、その日の夜には、祐介とハルナは引越しの準備を始めることになった。
真希が電話一本で手配したという家の写真を見た瞬間、祐介は何も言えなくなった。
……完璧だった。
子育てを前提とした、理想的な家。防音もしっかりしていて、近くには公園もある。学校も遠くない。そしてなにより、戸籍や手続きまで“全部なんとかなる”という姉の言葉。
「こわ……姉ちゃん、こわい……」
祐介が小さく呟くと、ハルナが不思議そうに覗き込んでくる。
「こわい?」
「うん……でも、頼りになるんだよ。あの人は」
「たより……なる!」
また一つ、言葉を覚えたらしい。
この日、祐介は知ることになる。親になるということは、自分の常識を次々と塗り替えていくことなのだと。