表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/93

3話 姉、突撃訪問

【第3話】姉、突撃訪問


 朝食を終えた祐介とハルナは、近くの図書館で絵本を借りて帰ってきた。


 図書館の職員に「まあ、可愛い子ね〜」と何度も声をかけられ、説明に困りながらも「妹の子どもで……預かってて……」と無難にごまかした。


 ハルナは見た目だけでなく、物覚えの速さも驚異的だった。ひらがな表の前で一度だけ「これは“あ”だよ」と言えば、次にはスラスラと口にしている。理解よりも記憶が先に進むタイプらしい。


「……すげぇな。天才か?」


「てん…さぃ!」


 本人は意味が分かっていないが、とりあえず嬉しそうだった。


 そんなのどかな日曜午後。祐介がようやくソファに座った直後──。


「ゆっっっすけぇええええ!!!!!」


 部屋のチャイムが鳴るよりも先に、玄関ドアが乱暴に開かれた。


 同時に響き渡る、耳に馴染みすぎた、だが今は聞きたくなかった声。


「やっぱりいたー! あんた、なんで電話出ないのよ! 昨日も、今朝も! もしかして休日に死んでるんじゃないかって心配したわ!」


「いや、普通に寝てただけだし……!」


 玄関からずかずかと上がり込んできたのは、姉・笹原真希。公務員にして超バリキャリ、そして──筋金入りの少女好き。


 身長は祐介より少し低いが、ヒールと態度でそれを補って余りある存在感。淡いピンクのスーツに整った巻き髪、そのまま議員会館にいても違和感のない風格を放っている。


「……で?」


 真希が、部屋の奥──つまり、ハルナを見た瞬間。


 空気が変わった。


「……ふむふむ。茶髪、エルフ耳、年齢推定三歳。目元のバランス良好、手足の比率も美しい……ひょっとして──異世界産?」


「なんでわかるんだよ!!?」


 というか、何の検査だ。


 祐介は必死にハルナの前に立ち塞がる。


「やめろ、姉ちゃん。別に変なことじゃなくて、ちょっと訳ありで──」


「訳あり!? 最高ね! 最高にロマンチックじゃない! まさか、あんたにこんなご褒美が舞い降りるなんて!」


「落ち着けって!!」


 興奮状態の姉に、さすがの祐介も戦慄した。が、姉の視線は完全にハルナに釘付けである。


「こんにちは、ハルナちゃん。私は祐介おじさん──じゃなくて、祐介の素敵な姉よ。よろしくね?」


 ハルナは一瞬きょとんとしたが、すぐにぺこりと頭を下げた。


「……よろしこ!」


 日本語の“よろしく”を覚えて、それっぽく言ったらしい。祐介は、成長の早さに驚くより先に姉の反応に備えた。


「っ……あぁ〜〜〜〜〜〜〜!! なんて、なんて尊いの! 今すぐ戸籍用意する! あと家も用意する! 引越し先、決定! 二階建て一軒家! 庭付き、車庫付き、屋根裏部屋もあるやつ!」


「落ち着けぇぇぇ!!!!!」


 現実味を帯びたその提案が、逆に恐ろしい。


 だが──。


 結局、その日の夜には、祐介とハルナは引越しの準備を始めることになった。


 真希が電話一本で手配したという家の写真を見た瞬間、祐介は何も言えなくなった。


 ……完璧だった。


 子育てを前提とした、理想的な家。防音もしっかりしていて、近くには公園もある。学校も遠くない。そしてなにより、戸籍や手続きまで“全部なんとかなる”という姉の言葉。


「こわ……姉ちゃん、こわい……」


 祐介が小さく呟くと、ハルナが不思議そうに覗き込んでくる。


「こわい?」


「うん……でも、頼りになるんだよ。あの人は」


「たより……なる!」


 また一つ、言葉を覚えたらしい。


 この日、祐介は知ることになる。親になるということは、自分の常識を次々と塗り替えていくことなのだと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ