33話温泉旅行3
33話 温泉旅行3
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夜が深まる頃、東京の街は静まり返り、煌々と輝くネオンもいつしか眠りを誘う。そんななか、さやかはひとりタクシーに乗り込み、会社へと急いでいた。
「やれやれ……呼び出しくらうとは想定外だったな」
疲れた顔を見せながらも、どこか嬉しそうに電話を切ったさやかは、スマホをカバンにしまい直す。久しぶりの温泉旅行、ぱぱとハルナのふたりだけで楽しんでいることに嫉妬も覚えるけれど、仕事の都合はどうしようもない。
「でも、明日の朝には合流しなきゃ。遅れた分、思いっきりハルナと遊んでやるんだから」
そう心に誓い、タクシーの窓越しに流れる夜景をぼんやりと眺めていた。
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一方、旅館では祐介が早朝の静けさのなか目を覚ました。隣を見ると、すやすやと眠るハルナの小さな寝顔があった。ふんわりとした茶色の髪、ほんのり紅潮した頬が愛おしく、祐介はそっと顔に触れる。
「ぱぱ……」
夢うつつのハルナが微笑みながら囁いた。普段はまだはっきり言えない「ぱぱ」が、疲れた朝にとても優しい響きで祐介の心を温める。
「おはよう、ハルナ」
静かな朝の空気に包まれながら、祐介は身支度を始めた。今日はさやかも合流する。どんな顔で来るのか、少し楽しみでもあった。
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玄関の戸が軋みながら開き、少し寝不足の顔をしたさやかが現れた。
「おはよう、みんな。遅れてごめん」
「おねえちゃん!」
ハルナが元気よく駆け寄る。ぎゅっと抱きつかれ、さやかは少し照れながらも笑顔で受け止めた。
「やっと来たね。仕事が急に入ってしまってさ……」
苦笑いしながら、さやかは荷物を部屋に置き、ぱぱとハルナのふたりだけでの温泉旅行を羨ましがる。
「ずるいよ、ぱぱとハルナだけでこんな素敵な温泉旅行なんて。私も混ざりたかったなあ」
「まあ、今日から一緒に楽しもう」
祐介がにこりと笑い、さやかを迎え入れた。久しぶりの三人旅の始まりだった。
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朝食を済ませ、旅館の庭に出ると爽やかな空気が体を包み込む。満開の桜が舞い散り、カエルの鳴き声が田舎の風景に溶け込んでいた。ハルナはさやかと手を繋ぎ、ぱぱと祐介は少し離れて歩きながら、久々に家族がそろった時間を楽しんでいた。
さやかは時折、子供の頃の話や東京での仕事の愚痴をこぼしながらも、ハルナと遊んだり、笑い合ったりしている。ハルナもまた、姉への懐かしさと新鮮さで溢れていた。
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午後、旅館の貸切露天風呂へ三人で出かけた。湯気の向こうで遊ぶハルナの笑い声は心地よく響く。ぱぱとさやかも自然と笑顔になり、気疲れも少しずつ溶けていった。
「やっぱり、こういう時間は大切だよね」
さやかがぽつりと呟くと、祐介もうなずいた。
「ハルナが楽しそうでなによりだ」
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夜になり、部屋に戻るとハルナは疲れてぱたりと寝てしまった。さやかは布団に入りながら、ぱぱに向かってぽつりと言った。
「次は私も仕事の予定合わせて、もっとゆっくり来たいな」
祐介はその言葉を聞きながら、家族の時間の尊さを改めて感じていた。
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翌日、温泉旅行の続きを満喫する三人の笑顔が、しばらくの疲れを忘れさせてくれた。
この小さな旅が、いつまでも心に残る宝物になるのだと。