2話 朝ごはん
【第2話】朝ごはん
フライパンの上で卵がじゅうじゅうと音を立てる。その音は、今の祐介にとって現実を確認するためのBGMのようだった。
「……目玉焼き、でいいよな。いや、わかるわけないか……」
台所には、日曜の朝らしい香りが漂っていた。焼き上がるトースト、少し甘めのミルクティー。料理の腕には自信がないが、食べられるレベルの朝食くらいは作れる。
そして、背後にいるのは──。
「……うーん……」
椅子に座ったハルナが、口を尖らせながら祐介の手元をじっと見つめていた。相変わらず茶色の髪はふわふわで、寝起きのせいかまだ少しぼさぼさだった。耳はやっぱり尖ってる。ファンタジーの生き証人、って感じだ。
「おまたせ、朝ごはんだ。……まあ、食えるかわかんないけど」
皿を二つ並べる。目玉焼きに、ウィンナー、キャベツの千切り、トースト。絵に描いたような“ザ・日本の洋風朝食”。
「……これが食べ物って、わかるか?」
ハルナは皿を見つめたあと、慎重にウィンナーに指を伸ばす。そして、くんくん、と匂いを嗅いだ。次に──ぱくり。
「……おいしい?」
「……ん!」
ハルナが小さくガッツポーズした。どうやら、味覚は通じるらしい。異世界の食文化がどうだったのかはわからないが、ウィンナーは万国共通らしい。
祐介も遅れて席に着き、食事を始めた。心のどこかで「こんな状況でよく食えるな」と思わなくもないが、腹が減っては戦はできぬ、というやつだ。
「……なあ、ハルナ。お前、どこから来たんだ?」
彼女はパンをちぎりながら、小さく首を傾げた。
「……ウィル・ナオ・テーラ?」
それが国の名前なのか、都市の名前なのか、あるいは“わかりません”の意味なのか──祐介には判断がつかない。
だが、少なくともこの子は、言葉も文化も違う異世界から来た。それだけは、確信に変わりつつあった。
「……食べ終わったら、図書館行くか。絵本とか図鑑とか、使えるもの探そう」
言葉の壁をなんとかしないと、生活も教育も何も始まらない。
けれど、ふと視線を落とすと──。
ハルナは口の周りをケチャップで赤くしながら、「おいしいよ!」と言いたげな顔で笑っていた。
その笑顔に、祐介は思わずため息を漏らす。
「……もう、なんでもいいか」
たとえ世界が違っていても。この笑顔を守るためなら、今日もがんばろうと思えた。
こうして、祐介とハルナの“初めての朝ごはん”は、静かに幕を開けたのだった。