24話 初めてのケンカ
第24話:初めてのケンカ
今日は保育園でちょっとした事件があった。
ハルナが、初めて──お友達とケンカをした。
「ハルナちゃん……今日はちょっと大変だったんですよ」
夕方、祐介が保育園に迎えに行くと、先生が少し困ったように話しかけてきた。
その横で、ハルナはしょんぼりと下を向いていた。
「どうしたの?」
「えっと……お友達のカナちゃんとおもちゃの取り合いをしちゃって……」
──詳しく聞くと、きっかけは“ままごとセット”の中の小さなフライパン。
ハルナがずっと遊んでいたのを、カナちゃんが「かして!」と手を伸ばした。
でも、ハルナはそれを返したくなかった。結果、取り合いになり……泣き声と、言い合い。
「……ハルナ、どうして貸せなかったの?」
帰り道。手をつなぎながら、祐介は静かに尋ねた。
「……がんばってお料理してたの……パパに、カレーつくってたの……」
その一言で、祐介は思わず立ち止まった。
──カレー。
──たぶん、家で何度も一緒に作った、あの味。
「でも……カナちゃんが“かして!”って、さけんで……びっくりして……」
「……そっか」
祐介はしゃがみこみ、目線を合わせた。
「ねえ、ハルナ。“かして”って言われて、すぐに貸せる人もいれば、ちょっと時間がかかる人もいる。でもね、大事なのは、そのあと“どうするか”なんだ」
「……どうするか?」
「そう。“ごめんね”とか、“あとで貸してあげるね”とか。ハルナが、ちゃんと気持ちを言えたら、きっとカナちゃんもわかってくれたよ」
ハルナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
次の日。
祐介が迎えに行くと、カナちゃんとハルナが、またままごとで遊んでいた。
──今度は、交代でちゃんと道具を使っている。
「パパー! きょうはカナちゃんに、さきにフライパンかしてあげたよ!」
「おー、えらいじゃないか」
「うん! あとで、ハルナもつかった! いっしょにつくったカレーだよ!」
──おもちゃのフライパンに盛られた、見えない“カレーライス”。
ハルナは、それをそっと祐介に差し出した。
「どうぞっ、パパ!」
「……ありがとう。いただきます」
祐介は目を細め、空気をすくうようにスプーンを口に運んだ。
──ほら、やっぱり。
ちゃんと、優しい味がした。