21話 ハルナ、迷子になる
第21話:ハルナ迷子になる
「ハルナ、靴履けたかー?」
玄関から声をかける祐介に、元気な「うん!」の返事が返ってきた。
今日は久々の休日。近所の商店街で開催されている小さな縁日に、ハルナと一緒に出かけることになっていた。
祐介はハルナの頭を軽くなでると、「迷子にならないように、ちゃんと手つなごうな」と言った。
ハルナは小さな手を差し出し、「はい、パパ!」と笑う。
それだけで、祐介の胸は温かくなる。
ああ、俺、ほんとに“父親”なんだなって。
商店街には人が多く、色とりどりの屋台が並び、わたあめや金魚すくいの匂いがあたりに漂っていた。
ハルナはというと、目を輝かせながらあっちを見て、こっちを見て、はしゃぎっぱなしだ。
「パパ! あれ、なに!?」
「チョコバナナだな。食べるか?」
「うん!」
少し並んでチョコバナナを買ってやると、ハルナは顔をべったべたにしながら嬉しそうにかじった。
祐介はスマホで写真を撮りながら、こんな時間が永遠に続けばいいのにと、ふと思う。
──だが、その“永遠”は突然終わる。
「パパ、あっち、みてくる!」
「え、ハルナ、待──」
人ごみに紛れるようにして、ハルナの姿がふっと消えた。
「ハルナ!?」
心臓が冷たくなる音が聞こえた気がした。
「ハルナァッ!!」
辺りを見回しても、もうあの茶色い髪は見当たらない。
祐介は人の波をかき分けながら必死に探す。
金魚すくいの前も、綿あめの屋台も、ぜんぶまわった。だが、いない。
──頭の中に、最悪の想像がよぎる。
(まさか、連れ去られた……?)
その時だった。
「パパ……」
ふと背後から、小さな声。
振り返ると──そこには、泣きそうな顔のハルナが立っていた。
頬にはうっすら涙の跡があり、ぎゅっと何かを握っている。
「パパ、いなかった……さがした……」
祐介はしゃがみこんで、ハルナを強く抱きしめた。
「ごめんな……ごめん……でも、よかった……無事で……」
「こわかった……でも、これ……」
ハルナの手に握られていたのは、小さな“迷子札”だった。
祐介が数日前に保育園からもらって、ハルナのリュックにこっそり縫い付けていたタグ。
「これ、ひとにみせたら、おばちゃんが“パパいるとこまでいこう”って……」
祐介はその話を聞いて、また胸が熱くなる。
「……えらかったな。ほんとに……」
「パパ、もういなくならない……?」
「うん。もう絶対に、はなさない」
ぎゅっと、小さな手を握る。
もう二度と、離さないと誓った。
家に帰る道すがら、ハルナはもう元気を取り戻していて、「チョコバナナ、おいしかった!」なんて言っていた。
祐介はその横顔を見ながら、ふと思う。
──迷子になったのは、俺のほうかもしれないな。
“娘”という存在を得て初めて、自分が何を大切にすべきかを知った。
この手を、しっかりと握っていたい。
世界がどう変わろうとも。