20話 祐介、心配過ぎて残業
第20話:祐介、心配過ぎて残業
平日の夕方。オフィスの空調は効きすぎていて、パソコンの画面がやけに白く感じた。
カタカタ、とキーボードを打つ音だけがフロアに響く。祐介の手元には、いつもならもう閉じられているはずの作業ファイル。残業の理由は“資料の提出期限”という建前だったが、実のところ──
「……なんか、気持ちが落ち着かないんだよな」
画面の端にある時計は、午後6時を過ぎていた。
この時間なら、ハルナはもうお迎えが終わって、家路につくころだ。
──姉のさやかに迎えを頼んでいた。
「ふふん、今日はお姉ちゃんがプリンと飴とジュースを持って迎えに行ってあげるからねー♪」
と、朝からテンションMAXだった姉。ハルナがビビらなければいいけど……と祐介は少しだけ不安だった。
「(でも……姉貴なりに、最近はがんばってるしな)」
遠足の日の一件以来、さやかは少しずつ“子どもとの距離感”を学んでいた。最初の奇声アタックさえなければ、今ではハルナも笑顔を見せるようになってきている。
それでも、祐介は落ち着かない。
──このところ、ハルナの“成長”が早すぎるのだ。
言葉の吸収も、人との距離感の取り方も、社会的な適応力も──3歳児としては驚異的だった。
まるで、“元の世界で何かを経験してきた”かのように。
(いや、記憶はないんだ。言葉だけで……でも)
この世界に来る前、ハルナは何を経験してきたのだろう。
どれだけの孤独を経て、異世界の門をくぐってきたのか。想像もできない。
「(俺はちゃんと、この子を守れてるのか……)」
カチッと音を立てて、祐介はマウスを握りしめた。
午後8時過ぎ、ようやく祐介は仕事を終えた。
会社の外に出ると、もうすっかり夜。
コンビニで晩飯用のパンとお茶を買い、家へと向かう。
──リビングの明かりがついていた。
「ただいまー……」
ドアを開けると、しん……とした静けさ。
「……あれ?」
すると──
「ん……パパ……?」
ふらりと寝室から出てきたのは、パジャマ姿のハルナだった。髪が少し乱れていて、目もとろんとしている。
「もう寝たんじゃなかったのか?」
「パパ、かえってこないから……まってた……」
「……ごめんな、仕事でちょっと遅くなって」
ハルナはそろりと歩み寄り、祐介の胸にぽすんと顔を押しつけた。
「パパ……いなくなるの、やだ……」
「……うん」
祐介は、ハルナの背中を抱きしめた。
「パパも、ハルナのこと……すごく心配だった。だから、遅くまで働いて、ちゃんと守れるようにって……がんばってた」
「でも、さみしい……」
「……そっか」
答えに詰まった。
正しい言葉が見つからなかった。
だけど──
「……今夜は、ずっと一緒にいよう」
「うん……」
ベッドに並んで横になると、ハルナはすぐに寝息を立てた。
その小さな寝顔を見ながら、祐介はそっと囁く。
「守るよ。どんな世界でも、何があっても」
それは、父としての祈りだった。