16話 ハルナ、熱を出す
第16話:ハルナ、熱を出す
月曜の朝――
まだ寝起きの空気が部屋に漂っていた。
祐介はスマホのアラームを止めて、いつものように体を起こし、ハルナが眠る隣の布団を覗き込んだ。
――あれ? なんか様子が違う。
普段なら目を覚ました気配を感じて、もぞもぞと甘えるハルナが、今日はぴくりとも動かない。呼吸はしている。けれど、顔が赤い。
「……ハルナ?」
声をかけると、ゆっくりと目を開けた彼女は、少し焦点の合わない視線で祐介を見上げた。
「……あついの」
おでこに手を当てると、火のような熱さがあった。慌てて体温計を取り出すと、表示された数字は【38.8℃】。
「うそだろ……熱出したのか!?」
着替えさせようとしたが、ハルナは動くだけで辛そうに息を吐く。ぐったりとした姿に、祐介の動揺はどんどん膨らんでいった。
「よし、今日は会社休もう。クソッ、よりによってこんな日に……」
慌てて上司に連絡し、休暇の連絡を入れる。事情を話すと、「子どもの体調優先で」と理解を示してくれた。ありがたさにじんとしながらも、次の行動を考える。
――病院。どこだ? 小児科って、どこにある?
引っ越してきたばかりの住宅街。土地勘がまだない。スマホで検索して、一番近い小児科を見つけた。
ハルナを毛布にくるみ、抱っこして車に乗せる。朝の通勤ラッシュに巻き込まれながら、ナビを頼りに病院を目指した。
※※※
「すみません、小児科って初めてで……」
受付でオロオロする祐介。
問診票、保険証、住所の確認、身分証――初めてのことばかりで、焦って手元が震える。
「おとうさん、落ち着いてくださいね」
受付の女性が優しく微笑んでくれた。
――その一言がどれだけ救われたか。
小さな診察室で、ハルナはぐったりしながらも、咳も鼻水も出ていなかった。診察した医師は穏やかな表情で言った。
「軽い風邪ですね。環境が変わったこともあるでしょう。お薬を出しておきますので、安静にしていれば明日には良くなると思いますよ」
「は、はい……ありがとうございます」
薬局でも同じようにドタバタしながら、何とか帰宅。ハルナに薬を飲ませ、水分を取らせると、ぐっすりと眠りについた。
祐介はその寝顔を見ながら、力が抜けたように床に座り込んだ。
「……怖かった。ほんと、怖かった……」
子どもが熱を出すだけで、世界が揺らぐ。
この小さな命を守らなければならないと、改めて痛感した瞬間だった。
※※※
翌朝。
「パパー、おなかすいたー!」
目をこすりながらキッチンに現れたハルナは、まるで何事もなかったかのように元気いっぱいだった。
「……うそだろ……」
祐介は、呆然とハルナを見た。
「パン、やくー?」
「焼くよ。何でも焼いてやるよ……」
祐介はぐったりと笑った。
どっと疲れが残る体とは裏腹に、目の前の命はぴょこぴょこと跳ねるように動いていた。
――これが、子育てってやつか。
この日から、祐介の「父親レベル」がひとつ上がった気がした。