14話 遊園地ー水族館3
第14話:遊園地―水族館3
夕暮れが近づくにつれて、遊園地の景色は幻想的な光に包まれていった。
ネオンが灯り始め、建物やアトラクションがほのかに輝きだす。
水族館の出口を出たころには、空は茜色から紺色に染まり、どこか寂しげで、けれど温かい空気が家族を包んでいた。
「晩ごはん、どうする? どこかレストランでも――」
「おまつりっぽいとこ、あるよ!」
ハルナが指差したのは、敷地の一角に設けられた『屋台コーナー』。
焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、かき氷、綿あめと、縁日のような賑わいが広がっていた。
「……お、いいな。こういうのも旅行っぽくて」
「はるなちゃん、なにたべたい?」
「んー……あまいの!」
「またかよ。どんだけ甘党なんだ……」
祐介が呆れながらも、綿あめの列に並んであげると、ハルナは目をきらきらと輝かせていた。
家族は、それぞれ思い思いの屋台を回り、テーブル席で焼きそばや串焼き、ジュースを囲んで夕食を楽しんだ。
祖父がビールを開けて「こじゃんと楽しいのう」と笑えば、母は「明日はもう高知に帰るがやけど……名残惜しいねぇ」と口にした。
「……ハルナちゃんは、東京に残るがよね」
祖母がぽつりと言った。
ハルナは、口いっぱいに綿あめを頬張っていて、何も言わなかった。
ただ、ふと視線を遠くの夜空に向けた。
ぽつり――星が、瞬き始める。
「ねえ、ぱぱ」
突然、真希が隣に座っていた祐介の肩を突いた。
「……あれ、乗りたい」
視線の先には、ライトアップされた大観覧車が回っていた。
「うわ、夜の観覧車って、ロマンチックとかいうやつじゃ――」
「ちがうちがう! 私じゃなくて、ハルナちゃんよ」
「……ああ、なるほどな」
祐介は立ち上がり、ハルナに聞いた。
「なぁ、ハルナ。あれ、もう一回乗ってみるか? 夜景がきれいらしいぞ」
「うんっ!」
元気よく返事をして、ハルナは再び観覧車へ。
今回は祐介とハルナ、二人きりで乗ることになった。
ゴンドラがゆっくりと昇っていく。
東京の夜景が、少しずつ眼下に広がっていく。
車のライト、ビルの光、遠くの観覧車――すべてがキラキラしていて、まるで宝石箱の中にいるみたいだった。
「きれい……」
ハルナが、祐介の袖をぎゅっとつかんだ。
「……うん。きれいだな」
「なんだかね、こうやって……そらから、ぜんぶが見えるとね」
小さな手が窓に触れる。
「このせかい、すこしだけ……こわくなくなったの」
祐介は黙って彼女の手を包んだ。
それは大人の手に収まりきる、小さな手。
けれど、何かを乗り越えようとする強さが、そこにはあった。
「……お前がそう思ってくれたなら、俺はもう、十分すぎるくらいだよ」
「パパ……」
ふと、ハルナが言った。
まだぎこちない日本語のイントネーションで――けれど、確かに。
「だいすきだよ」
祐介は、一瞬だけ息を飲んだ。
けれど、すぐに笑って、ハルナの頭を優しく撫でた。
「……俺もだよ。ハルナ」
観覧車を降りたあと、家族で夜の噴水ショーを見て、帰りの駐車場へと向かった。
車内では、ハルナは祖母の膝に乗せられ、うとうとし始めていた。
祐介は運転席でバックミラー越しにそれを見ながら、ふと独り言のように呟く。
「……あいつが俺に“託す”って言ったの、なんとなく分かってきた気がするな」
「え?」
母が尋ねるが、祐介は何も言わず、ただアクセルを踏んだ。
夜の道を、ゆっくりと帰路につく。
眠る少女の呼吸は、穏やかで、あたたかくて――
今日という日が、誰にとっても、ずっと忘れられない一日になったことを、彼は確信していた。