13話 遊園地ー水族館2
第13話:遊園地―水族館2
水族館エリアの入り口は、遊園地からすぐの連絡通路を抜けた先にあった。
冷房の効いた館内に入ると、外の蒸し暑さが嘘のように消えていく。薄暗く、静かな空間に、巨大な水槽の青い光が揺れていた。
祐介は手をつないだハルナの肩越しに、前方の巨大水槽を見つめる。
無数の魚たちが、悠然と泳いでいた。
「うわぁ……」
ハルナの口から、自然と小さな感嘆の声が漏れた。
サンゴ礁を模した水槽の中を、カラフルな熱帯魚が群れを成して泳いでいる。大きなウミガメがハルナの前をゆっくりと通り過ぎたとき、彼女はピクリと反応した。
「……こ、これ……かめ? おおきい……」
「そう、大きなカメだな。海の中ではのんびりしてるけど、意外と速いんだぞ」
祐介がそう教えると、ハルナは「へぇー」と素直に感心したように頷いた。
後ろから、真希がスマホを構えて言う。
「ちょっと、祐ちゃん、今のいい感じ! もう一回その角度で……」
「はいはい、映え写真タイムな。……って、あんた後で使う気だろ、SNSとかに」
「当然じゃない。私のタイムラインは、ハルナちゃんで埋め尽くされるの!」
完全に“バブみモード”に入った姉に若干引きながら、祐介はハルナの手を引いて別の展示へ。
その後、ペンギンゾーン、クラゲゾーンを経て――
いよいよ、本日最後の目玉イベント――イルカショーの時間がやってきた。
円形の屋内スタジアム。観客席はほぼ満席だ。
幸運にも最前列の席を確保していた祐介たちは、水しぶきを浴びる準備としてビニールポンチョを羽織った。
「はーるーなー、こっちこっち!」
真希がハルナを抱えて座らせると、ハルナは目を丸くして中央のプールを見つめた。
イルカショーが始まると、観客から一斉に歓声が上がった。トレーナーの笛の合図で、イルカが高く跳び、くるりと回転し、巨大な波しぶきを上げる。
ハルナは息を呑んだように目を見開いている。
「すごい……おおきい……はやい!」
やがて、トレーナーがマイクを通じて声をかける。
『おともだちのみんな〜! イルカさんに手を振って応援してね〜!』
ハルナは少し迷ったように、でもそっと右手を上げて、小さく手を振った。
すると――
ショーの合間に、イルカの一頭がスーッと水面に浮かび、まっすぐハルナの方へ顔を向けた。
つぶらな瞳がこちらを見て、軽く尾を振ったように見える。
その瞬間――
「……はっ」
ハルナの表情が、ほんの一瞬だけ、凍った。
何かを、思い出しかけたような――
何か、胸の奥に眠るものが揺れたような、そんな顔。
だがそれはすぐに消えた。
次の瞬間には、また純粋な笑顔に戻り、ハルナは両手でバタバタと応援を始めた。
「はやーい! すごーいっ!」
祐介は、そっと彼女の頭を撫でる。
(……思い出さなくても、いいんだ)
この笑顔があるなら、それで十分だった。
ショーが終わり、出口の方へ向かう途中。
「ハルナちゃん、楽しかった?」
「うん! おさかな、いっぱいだった!」
真希が満足げにハルナの頭を撫でながら、祐介にウィンクした。
「それにしても……祐ちゃん、今日一日、完全に“パパの顔”だったわよ」
「……なんだその変な評価」
「だってさ、あのイルカショーのときの顔とか、カメラに収めときたかったわぁ。感動の父親モードって感じでさ〜」
「……勝手に記録しなくていいから」
「はいはい。でも私もすっごく楽しかった! ……また来ようね、はるなちゃん!」
「うんっ!」
ハルナの笑顔は、まるで水面に浮かぶ光のように、優しく、あたたかく、胸に染み渡った。