11話 親、祖父母を連れて
第11話:親、祖父母を連れて
東京駅の改札口を抜ける人波の中で、祐介は緊張した面持ちでスマホを握っていた。横には、くまさんリュックを背負い、緊張と興奮が混ざったような顔のハルナ。手はぎゅっと祐介の指を握っている。
「ぱぱ……ここ、ひとがいっぱい」
「うん、東京駅ってのは人の海なんだよ。あ、でも大丈夫。今日は“じいじ”と“ばあば”に会うからな」
「じいじ……? ばあば……?」
「パパのお父さんとお母さんだよ。ハルナにとっては……うーん、うまく説明できないけど、優しい人たちだ。きっと大丈夫」
「うん……はるな、がんばる」
と、そこへ祐介のスマホがブルッと震えた。
《着いたぞー! 新幹線、速かった! 今どこー!?》
――母・笹原美津代からだった。
その直後、改札口の向こうで手を振る熟年夫婦が見えた。父・笹原茂と母・美津代。手にはお土産袋を下げ、顔には満面の笑み。さらにその背後には、驚くべきことに、祐介の祖父母――つまりハルナからすれば“ひいじいちゃん・ひいばあちゃん”までいた。
「ちょっ、じいちゃんたちも来たの!? 言ってなかったじゃん!」
「孫ができたっちゅう話をしたら、車に勝手に乗ってきたがよ! せっかくだから一緒に孫の顔見に行こうって……」
「無茶すぎるやろ……」
「はるな、かくれる?」
「いや、大丈夫だ。……よし、挨拶しよっか」
そうして、祐介は両親と祖父母に頭を下げた。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。えっと……紹介します。この子が、ハルナ。俺の――娘です」
一瞬、時が止まったような気がした。
だが次の瞬間。
「まぁぁ~~! なんとまぁ、目の大きい子じゃねぇ!」
ばあば(美津代)が、ハルナを抱きしめるようにかがみこんだ。
「こんにちは、はるなです……はじめまして」
「はじめまして、ねぇ……可愛いわぁ、こんな孫、夢にまで見たき……祐介、よく頑張ったねぇ」
「いや、あの……そういう意味じゃなくてだな……」
「目の色がちょいと薄いのぉ。こりゃハーフじゃのうか?」
ひいじいちゃん(祐介の祖父)がぽつりと呟いた。
「う、うん……まぁ、ハーフっぽいというか、その……異世界の……」
「異世界?」
「いや、だから、えっと、ちょっと事情があってさ……詳しくは後で!」
祐介は逃げるように言い、みんなを家に案内した。
※※※
家に戻ると、早速、祖母が張り切って土産を広げ始めた。
「はいハルナちゃん、これが高知の芋けんぴ。これは文旦ゼリー。あとこれは、ばあばが作ったお手製のゆずジャム!」
「わぁ……いっぱい!」
ハルナは目をきらきらさせながら袋を覗き込み、芋けんぴを一口かじった。
「……あまい……でも、ぽりぽりする……おいしい!」
「ほんまかいね!? それは嬉しいねぇ〜! 祐介、見た? 見た今の!? わし、泣きそうやわ……!」
「おとん、落ち着け……」
そのとき、インターホンが鳴った。
「……嫌な予感がする」
祐介はモニターを覗き、頭を抱えた。
そこには当然のように、白いスーツ姿で仁王立ちする姉・真希の姿があった。
※※※
「というわけで、お義母さん、お義父さん! 今日はお泊まりですよね!? 夜ご飯は私が作ります!」
姉が台所を仕切り出し、祐介の母と祖母はすっかり“できる長女”に好印象を持った様子だった。
一方で、祐介はソファに沈みながら呻いた。
「完全に姉のターン……」
「ぱぱ、どうしたの? あたまいたいの?」
「うん、ちょっとだけな……でも、ハルナがいるから大丈夫」
「じゃあ、なでなでする」
ハルナは小さな手で、祐介の頭をそっとなでた。
その感触に、祐介は何かが浄化されていくのを感じた。
※※※
その夜。
夕飯は姉と祖母のコラボによる「土佐風からあげ」や「鰹のたたき」など豪華な内容で、リビングは笑いと美味の渦に包まれた。
ハルナは箸の使い方を教わりながら、「おいしいね」と何度も笑った。
祖父は口数少なく、ただ黙ってハルナを見ていたが、ふと一言つぶやいた。
「……この子の目は、やっぱり異世界の色じゃ」
「じいちゃん、まだその話続けるのかよ……」
「いや、そうじゃなくて……どこか、知性とやさしさが宿ってる。魂が、古い。祐介、おまえ……すごい子を育ててるぞ」
「……ありがとう」
祐介は、父と祖父の言葉に、ようやくほんの少し肩の荷が下りた気がした。
※※※
夜。ハルナを寝かしつけたあと、祐介はひとりベランダに出た。
東京の空は明るい。星は少ないけれど、今日は不思議と穏やかな風が吹いている。
「パパ、もうすぐ、ほんとうの家族になれるね」
背後から、小さな声がした。
ハルナが、毛布を抱えて立っていた。
「おまえ、起きてたのか……風邪ひくぞ」
「うん……でも、じいじも、ばあばも、にこにこしてたから……はるな、うれしかった」
「そうか……よかったな」
「ぱぱ……ずっといっしょにいてくれる?」
「もちろん。何があっても、パパはハルナの味方だよ」
ハルナはそっと、祐介の腰にしがみつくように抱きついた。
小さな温もりが、今夜の祐介の胸を満たしていた。