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第3章:止まった時計

霧のグラウンドを並んで走るうち、ふたりの距離は少しずつ近づいていった。

会話は短く、まるで探るように交わされる言葉の断片。

霧は、いつもより薄かった。

それでも朝の空気は冷たく、グラウンドに立った副部長は、無意識に腕時計を見下ろす。


6時42分。

彼女がいつも現れる時間。


だが、その日は来なかった。

まだ来るかもしれないと、軽くストレッチをしてから走り出す。

フォームを崩さず、一定のリズムで。昨日と同じペース、同じ呼吸。……でも、昨日と同じにはならない。


ふたりで走ることに慣れてしまった身体が、隣の空白に気づいてしまう。


一周、また一周。

踏切のベルが遠くで鳴った。


副部長は、立ち止まった。

汗は少しだけにじんでいるのに、心は異様に重い。


「……来ないんだね」


声に出すと、それが現実になるようで、悔しかった。

ポケットに手を入れると、小さな紙片が指先に触れた。


昨日、彼女が無言で渡してきたもの。

部活Tシャツの切れ端のような布に、小さく文字が書かれていた。


「今日も走る。昨日の自分に勝てるまで」


ただそれだけ。

けれどその言葉が、今の静けさとあまりにかけ離れていて、副部長は思わず拳を握る。


「勝てなかったのは……私も同じだよ」


誰にも聞かれないはずの言葉が、グラウンドの空気に消える。


——一度だけ、彼女がいなくなった日があった。

春の大会の少し前、チームが一丸になっていた時期。

副部長はその朝、彼女に言ってしまったのだ。


「幽霊部員に、もう居場所はないよ」


本当は、心配だった。無理してでも笑って戻ってきてくれると思っていた。

でも彼女はそれきり、部活にも学校にも姿を見せなかった。


それから、ずっと心に引っかかっていた。

努力を続ければ、仲間を信じていれば、何かが報われると思っていた。

でも、それだけでは追いつけなかった想いが、確かにあった。


副部長は、止まったままの時計をもう一度見下ろす。

秒針は、ただ淡々と時を刻む。


「……明日、来てくれたら、謝ろう」


それは、自分に向けた約束でもあった。


朝日がようやく雲の切れ間から差し始める。

少しだけあたたかくなった風が、汗に濡れたTシャツを揺らした。


そしてその翌朝——

副部長は、また時計を見る。


6時42分。

そこに、霧の中からゆっくりと現れたのは——


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