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9 オーバードライブ①

「――そしてその先でお二人が襲われているのを見つけたというわけなんです」


 セリナの腕の怪我を妹のリーネが処置する傍ら、レキは自分がこの世界にやってきた経緯を二人に語って聞かせていた。


「……」


 沈黙するセリナを見て、レキはようやく自分の迂闊さに思い至る。

 つい興奮のあまりべらべらと喋ってしまったが、よくよく考えればあまり他人に話すようなことではなかったかもしれない。私は異世界からやってきましたなど言ったところで、普通は到底信じられるものではないだろう。


「正直理解できないことのほうが多かったのだが……。君は神の導きでここではない世界からやってきたということであっているだろうか?」


 しかしセリナは思いのほか物わかりが良い反応を見せる。

 そんな彼女の様子に若干戸惑いながらも、レキがうんうんと頷く。


「なるほど……。ではやはり()()も異世界から召喚されたものというわけか……」


 ()()――というのは目の前にある鉄道車両のことだろう。

 なるほど、あからさまにこの世界に似つかわしくないこの物体を見たからこそ、セリナはレキが異世界からやってきたと言った言葉をすんなり受け入れたのかもしれない。


「ああ、消しておかなきゃですね」


 レキが消えろと念じると、巨大な車両はレールとともに一瞬で姿を消した。車体に貼り付いていた血肉がバラバラと地面に落ちる。

 実のところ、レキが召喚したのは初めて『轢死』を目撃したあの時の車両だった。

 美しく飾り付けられた思い出の車両を消してしまうのは、正直少し惜しい。しかしどうやら乗り物を動かすだけではなくただ出現させておくだけでも、レキの『能力』はいわゆる魔力的なものを消費してしまうようだった。


「――ところで、こっちのほうはどうすればいいでしょうか?」


 レキは数メートルにわたり散乱する肉片を指して訪ねた。


「……運が良ければ、親切な聖職者クレリックが浄化してくれるかもしれない。さもなければ動物やモンスターの餌だな」


 つまりは放っておいて構わないということだ。後片付けを気にする必要もないなんて、なんという素晴らしい世界だろうか。

 内心で歓喜するレキとは逆に、セリナは口惜しそうな表情を浮かべながら言葉を続ける。


「この世界では、誰かが死ぬことなんてそう特別なことじゃないんだ」

 


 そのうちに、リーネがセリナの腕を軽く叩く。どうやら手当てが終わったようだ。

 セリナは礼を言って立ち上がると、レキに声を掛ける。


「私たちは街に戻ろうと思うが――レキさんはどうするのだ?」

「そうですね……。よろしければ私もご一緒させてください」


 何せこの世界に関する情報がまだまだ足りていない。セリナからもっと話を聞くためにも、もうしばらくの間は行動をともにしておきたいところだ。

 ついでにレキは、セリナに対して一つ付け加えておく。


「それと、私のことは呼び捨てで構いませんよ」


 レキ――というよりも志穂の実年齢と比べても、セリナのほうがきっと年上だろう。年上からさん付けで呼ばれるのは少しばかり気を使ってしまう。


「恩人を相手に気が引けるが――承知した。ではレキ、街まで案内しよう」



 そうしてレキたちは、セリナ姉妹の暮らすケプスという街へ向かうこととなった。


「街までは、ここから一時間くらいだ。三時ころには着くと思うよ」


 セリナが左腕の腕輪バングルを見ながらそう口にする。レキの物と同じで腕時計となっているらしく、どうやらこの世界ではありふれたもののようだ。そしてこの世界でも、時間や時刻の呼び方はレキの知るそれと変わらないらしい。

 そういったいわゆる一般常識的なことからして、わからない部分が多い。レキとしては、今のうちにセリナたちからこの世界についての情報を可能な限り引き出しておきたいところだ。

 そう考えながら会話のとっかかりを探っていたレキに、セリナのほうが話しかけてきた。


「ところで、レキは街に着いたらどうするつもりだ? 何か当てはあるのか?」


 困ったことに、もちろんレキに当てなどない。


「正直なところまだなんとも……。なにぶんこの世界に放り込まれたばかりでして」

「それならば街で冒険者登録をするといい。君ほどの力があれば、生活に困らない程度にはすぐに稼げるようになるだろう」


 冒険者――ファンタジー世界では定番の職業だ。セリナの口ぶりからするに、この世界にも職業としての冒険者が存在するのだろう。


「その冒険者というものについて、詳しく教えていただけますか?」

 

 冒険者についてセリナが話した内容は、レキがイメージしていたものと大きくは違わなかった。

 この世界では、冒険者ギルドと呼ばれる機関が地域で発生したトラブルや寄せられた依頼などを取りまとめている。それをクエストと言うかたちで受注し、実際に解決に導くのが冒険者の仕事だ。

 冒険者には上からA~Fまでランクがあるが、クエストにもギルドが算定した難度に応じてA~Fまでのランクが設定される。一般的に一人前の冒険者とみなされるのはDランク以上であり、セリナのようなCランクともなればそれなりに名前も知られるようになってくるとのことだ。


 そして冒険者が受注できるのは、自身のランクから一つ上のランクのクエストまで。つまり上位のクエストを受注するには、それだけ自身のランクを高める必要があるというわけだ。もちろん、クエストのランクが上がるほどに得られる報酬も大きくなる。

 肝心の冒険者ランクを上げる方法については、『たくさんクエストをこなせばいずれ上がる』程度にしか彼女も理解していないらしい。これに関しては改めて確認の必要があるかもしれない。


「――と、こんなところだね。もしその気があれば、街についたらギルドに案内するよ」


 これといった拠り所もないレキにとっては、単純な戦闘の実力だけで稼ぐことができる冒険者の仕事はありがたい。

 それに冒険者として活動することで、モンスターや犯罪者と戦う機会も多くなるだろう。そうすればまた先ほどのように大好きな『轢死』を観ることができるかもしれない。


「はい、ぜひお願いします」


 こみ上げてくる笑いを隠しながら、レキは穏やかな表情で答えた。

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