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鮮血の祭壇⑦

「人間ごときがこの吾輩を喚び出すとは、いったいニャにが望みじゃ?」


 可憐な少女のような美しさの中に、どこか不吉を感じさせる――そんな声が不気味に響く。



 レキの目の前に現れたのは、猫と人間が合わさったような妖艶な肉体を持つ女悪魔だった。


 肩ほどまでの髪の毛と肌の一部を下着のように覆う体毛は鮮やかな緋色で、わずかに浮遊しているその身体はまるで炎に包まれているようにも見える。

 手足に備わった真っ赤な鋭い爪からは、相対する者をミスリル以上の切れ味でもって切り裂いてしまいそうな威圧感が感じられる。

 頭部には猫耳がピンと尖っており、レキを見据える金色の瞳は妖しい輝きを放っていた。



 一見して彼女がかなりヤバい悪魔であることは、レキにも十分に理解できた。

 そもそもあの赤ローブたちが召喚しようとしていたのは、きっと目の前にいるこの悪魔だ。ミノタウロスさえ使役していた連中がわざわざ生贄を用意してまで喚び出そうとしていたからには、少なくともミノタウロスよりもはるかに格上の存在と考えて然るべきだろう。


「えーっと……、私はレキというものです。あなた様のお名前をお伺いしても……?」


 レキは目の前の相手を怒らせないように、可能な限り丁重に尋ねる。


「吾輩を知らぬというか。不敬であるニャ」


 腰から伸びる二股の尻尾が、左右にゆらゆらと揺れる。


(さっそく怒らせた……!?)


 レキの顔が青ざめるが、悪魔の表情には少なくとも怒りの色は見えない。


「――まあよい。吾輩は今とても機嫌がいい、答えてやろう」


 彼女はそう言うと、その長い舌でべろりと舌なめずりをした。


「慄くがいい、人間よ! 吾輩こそが死と破滅を司る魔神・カザリン様じゃ!」

「は、ははぁーっ!」


 レキが勢いでとりあえず跪いて見せると、カザリンは満足げに笑う。


「それにしても人間よ、貴様はニャかニャか見どころがあるではないか。吾輩のためにあれだけの数の生贄を用意した上に、吾輩が喰いやすいようにわざわざ細かく砕いてまでくれるとはニャ」



 それを聞いたレキの額から、タラタラと冷たい汗が流れる。


(あぁ……。そんな気はしてたけど、やっぱりこの悪魔召喚しちゃったの私のせいか……)


 おそらくレキたちが突入した時点で、儀式はほとんど終わっていたのだ。あと残すは生贄を捧げるのみ、というところまで進んでいたのだろう。

 そんな時に赤ローブたちの死体をよりにもよって祭壇に向かってぶち撒けてしまったのだから、こうして悪魔が召喚されてしまうのも今考えれば当然の結果だ。



 そしてそんなレキの後悔など知る由もなく、カザリンは上機嫌で続ける。


「それに生贄が年寄りばかりなのもよかったぞ。吾輩は柔っこい子どもなんかよりも、あの筋張って歯ごたえのある肉が好みじゃからニャ」


 そう言いながらカザリンはまたベロリと舌なめずりをする。

 わざわざ攫ってきた子どもたちよりも自分たちのほうが生贄に適していたと聞いたら、あの赤ローブたちはいったいどんな顔をしただろうか。


「さて、人間よ。貴様は吾輩にニャにを望むのじゃ? 何なりと申すがよい」


 喚び出したけどやっぱり間違いでした、お帰りください――とはさすがにいかないだろう。

 レキは頭を振り絞って願い事を考える。


「――あっ、私欲しいものがあります。魔晶石という石なんですが……」


 そしてようやく思いついたのが、属性付与の鞘を作るための材料となる魔晶石だ。希少なものであるらしいから、願い事としてもさほど不自然ではあるまい。

 しかしそれを聞いたカザリンは、何やら怪訝そうな表情を見せる。


「――人間、貴様の目はフシアニャか? 魔晶石だったらほれ、そこに転がっておるではニャいか」


 カザリンの指す場所に目をやると、そこにはガラスのように透き通った丸い石が落ちていた。血がついているところを見るに、おそらく赤ローブの誰かが持っていた物だろう。

 レキは慌ててその魔晶石を拾い上げると、恭しくカザリンに頭を下げる。


「あ、ありがとうございますカザリン様! あなた様のおかげで願いが叶いましたぁ!」

「は? ニャにを言っている。吾輩はニャにもしておらんぞ」


 レキとしては願いなどどうでもいいからとにかく穏便に帰ってほしいという気持ちなのだが、今のでは願い事としてカウントしてもらえなかったらしい。

 悪魔だか魔神だか知らないが、そういった存在である割にはずいぶんと生真面目なことだ。


「さあ、望みを申せ! 誰を殺す? 何を滅ぼす!?」


 カザリンはウズウズした様子で両手の指をうねらせる。

 レキは再び必死になって頭を捻るが、そんな物騒な願い事などそうそう浮かんでくるはずもない。



 いつまでたっても願い事が出てこない様子を見て、カザリンは一つ溜息を付く。


「やれやれ。どうやらすぐには浮かばぬようじゃニャ。――仕方ニャい」


 レキの身体がビクリと震えるが、どうやらカザリンに怒っている様子は見られない。ただ、あらぬ方向を見つめながらゴロゴロと喉を鳴らしている。

 やがて彼女の口元から、奇妙な声が発せられた。


「――ごぽっ……! ごっぷっ! ごっぷっ! ごっぷっ! ごっぷっ――」


 それは声というよりも、彼女の喉元から響いてくる音というべきであろうか。そしてレキにはそんなカザリンの様子にどこか覚えがあった。


(――あれ? これって猫がゲェする時のやつじゃ――)


 そしてその予感はすぐに的中した。


「――ゴッパァアア!」


 大きく開かれたカザリンの口から吐き出された吐瀉物が、レキの足元にビチャビチャとこぼれる。


(えぇ……、なにこれぇ……。嫌がらせですかぁ……?)


 不快感を顔に出さないように懸命に堪えるレキに対して、逆になにやらスッキリとした面持ちのカザリンが語りかける。


「その玉を受け取るがいい、人間よ。願いが決まったニャら、その時はそれを天に向かってかざすのじゃ。さすれば吾輩は再び貴様の前に現れようぞ」」


 そう言われてよく見てみると、ゲロの中に赤い毛玉のような物が混じっていた。


「では、さらばだ人間。次にまみえるその時まで――」


 そう言うと、カザリンはくるりと身体を翻す。

 すると彼女の全身は炎に包まれ、次の瞬間には完全に消えてしまった。



「――っはあぁ~っ!」


 極度の緊張から解放されたレキは、崩れるように地面にへたり込む。

 とにもかくにも、この場はとりあえずどうにか収めることができたようだ。


「とはいえ……、これはこのままにしておけないよね……」


 目の前にあるゲロまみれの毛玉を見て、レキはその眉間にシワを寄せる。

 そしてどうにか取り上げたそれを水筒の水ですすぐと、買ってあった革袋に突っ込んできっちりと口を紐で縛った。


「……街に戻ったら、もう一回ちゃんと洗おう……」


 革袋をアイテムバッグにしまい込むと、レキは外へと急いだ。

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