鮮血の祭壇⑥
レキの声とともに、金属のレールが魔法陣の手前まで平行に伸びていく。そして同時に、白とダークグレーを基調とする直線的で無骨なシルエットの鉄道車両がレキの傍らに現れた。
突如出現した巨大な構造物に、灰ローブたちは大いにざわめく。
「な、何なのだあれは!? あのような物は見たこともないぞ!」
「ありえんッ! あれほど巨大なものを召喚したというのか!」
「う、うろたるんじゃあないッ! 『闇冥の使徒』はうろたえないッ!」
レキは車体を艶めかしい手つきで愛撫しながら、無慈悲な微笑みを浮かべた。
「お察しのこととは思いますが、コレを今から全速力でぶつけますね。ご自慢の魔法陣がしっかりと守ってくれると良いのですけれど」
その言葉に灰ローブたちの顔は青ざめ、額に冷たい汗が流れる。
「――こ、この結界は無敵だ! 突破などできるはずがない……!」
「ハッタリだ! ただのハッタリに決まっている!」
祈るが如き灰ローブたちの叫びを嘲笑うように、レキはその口元を大きく歪めた。
「――さあ皆さん、ド派手にブッ散らかしてくださいね」
レキは車両に魔力を込め、一気に加速させる。
迫りくる暴虐を前に灰ローブは、なおもそのしわがれた声を張り上げた。
「無敵なんだ! 結界は無敵! 無敵無敵無敵無敵ィィィィ!!」
超高速の鉄の塊と化した『つきかげ』は、ガラスが割れるような音とともに結界を突き破ると、中にいた灰ローブたちをまとめて撥ね飛ばす。その様子は、あたかも砕けた花瓶から無情に舞い散る真紅の薔薇の花びらのようだ。
さらに車両はその勢いのまま、カモリが射殺した男の死体を巻き込みながら祭壇に突っ込む。
ぶち撒けられていく彼らの身体はまるで新鮮な果実の弾けるがごときであり、その煌びやかな果肉や果汁を次々と飛び散らせながらその一帯にバラ撒いてしまった。
そしてその衝撃音と破裂音は美しく奏でられる極上のレクイエムとなって、レキの耳の中でその荘厳な音色を響き渡らせる。いつまでも、いつまでも――。
やがてその余韻もおさまり、静まり返った中庭で、レキが一人歓喜の叫び声を上げた。
「あッはああああァんっ!! これこれこれこれェ! これなのよォ!」
レキは絶頂に達したかのような表情を浮かべながら、これでもかとばかりに感情を爆発させる。
自分独りきりのこの空間で、いったい誰に遠慮することがあろうか。
「ああっ……! やっぱり『轢死』って素敵ッ! 本ッッ当に最高ォ!!」
そしてワルツでも踊るような足取りで祭壇に近づいていくと、まるで最愛の恋人でも見つめるように未だ血の滴る車両をうっとりと眺めた。
「お疲れ様。やっぱりあなたは最高ね……」
そう言いながらレキが愛おしげにひと撫ですると、車両は跡形もなく姿を消す。
そこに現れたのは、衝突でボロボロになった上に、血やら肉やら臓物やらで隙間もないほどに赤く染め上げられた祭壇の姿だった。
「――美しい……! ああ、なんて美しいんでしょう……!」
しかしそんな血肉に塗れた祭壇に向かって、レキは感動と恍惚が入り混じったような、涙でも流さんばかりの表情を向ける。彼女にとっては今のこの姿こそが至高であり、神々しさと美しさを輝かんばかりに放っているように感じられていた。
その心から溢れてしまわんばかりの感激に、レキはまるで自分が劇場でスポットライトを浴びる女優にでもなったかのように大げさな仕草で天を仰ぐ。
「私はこの美しさをいったいどうやって表現すればいいというのでしょうか……! そう、例えるならば真っ赤に咲き誇る大輪の――」
だがその時、祭壇に異変が起こり始めた。
辺りに飛び散った血肉や臓物が、赤い霧のようになって徐々に空中へと消えていく。
「――はぁ!? 待ちなさいよ! 私まだ見終わってないのに!」
至福の時間を妨げられたレキが、抗議の叫び声を上げる。
しかしあれほどに散乱していた肉片はやがて祭壇からすっかり消え去ってしまい、それと入れ替わるかのように重々しく邪悪な気配が辺り一帯に立ち込める。
そのただ事ではない様子に、レキはようやく我に返った。
「え? ちょっと? 一体何が――」
さらにその気配は黒い影となって渦巻き、祭壇の上で真っ黒な塊に凝集していく。
やがてその邪悪なエネルギーのような塊が臨界を迎えたかのように弾けると、突然そこに天を衝くように巨大な火柱が上がった。
「きゃあっ!」
その勢いに、レキは思わず地面に倒れ込んでしまう。
レキはどうにか立ち上がろうとするが、その頭上からこの世のものとは思えないほど恐ろしくも美しい声が響いてくる。
「――我輩を喚んだのは貴様か、人間」
恐る恐る顔を上げたレキの眼前には、祭壇の上からこちらを見下ろす一体の女悪魔の姿があった。
(――あれ? もしかして私、なにかやっちゃいました……?)