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鮮血の祭壇⑤

「よし、命中ヨ!」

「レキちゃん! 今のうちに!」


 ルキアに言われるまでもなく、カモリの矢が男を仕留めると同時にレキは走り出していた。


「『漆目』が殺られた!?」

「なんだ奴らは! ミノタウロスはどうした!?」


 灰色のローブを着た連中が何やら騒いでいるが、レキは無視して一直線に祭壇へと向かう。

 そこには目隠しとともに拘束された幼い少女が、石台の上に震えながら横たわっていた。

 そんな少女の姿に、こんな事をしでかした灰ローブの連中への強い怒りが湧き上がる。だが今はこの子を助けるのが先だ。レキはどうにかその怒りを抑え込むと、少女に声を掛ける。


「――怖かったね。もう大丈夫だよ」


 優しく少女を抱きかかえるたレキは、そのままルキアたちのもとへ駆け戻った。

 そしてすでに他の子どもたちを助け出していた二人に、レキが少女の身体を預ける。


「二人はこの子たちを安全な場所へ! お願いします!」


 その言葉に頷くと、ルキアとカモリは手早く彼らの縛めを解いた。


「レキちゃん! 気をつけてね!」


 ルキアはレキに一声掛けると、カモリとともに子どもたちを連れて入口のほうへと向かっていった。



 そうしてその場には、レキと六人の灰ローブたちが残された。


「さて……、ずいぶんと胸糞悪いことをしでかしてくれましたね」


 レキは灰ローブの連中を鋭く睨みつける。


 なんのつもりなのか、彼らは魔法陣の上で身を寄せ合っていた。

 フードを深く被っているため顔はあまり見えないが、かなりの年嵩だろう。

 このような非道な行いに及んだのが、本来であれば子どもたちを可愛がり慈しむべき立場にある老人たちだった。その事実が、レキの怒りにさらに油を注ぐ。


 彼らの一人がカモリの矢であっけなく倒されたことを考えても、灰ローブたちは戦う力のないただの人間だろう。もし攻撃魔法なりを使えるのであれば、とっくに撃ってきているはずだ。

 だからといって、レキには連中に慈悲をかけるつもりなど毛頭なかった。


「私があなたがたの罪を裁いて差し上げます。検事は私、弁護人は私、裁判長も私――」


 レキが感情のままにまくしたてる。


「裁判は全会一致で有罪! だってお前らなんかに生きる価値なんてないですもんねぇ!? 刑はこの場で即時執行! 全員バラバラにして皆殺死刑ミナゴロシケイですっ!」


 そんな法も論理もあったものではない判決を叫ぶように言い渡しながら、レキは抜き放った剣を灰ローブたちに向けて突きつける。


 しかしそんなレキの様子を目にしたにもかかわらず、彼らにはなぜか余裕があるように見えた。

 中には薄笑いを浮かべている者までいる。


「無駄だ。貴様のその剣は我らの身体をかすることすら叶わぬわ」


 男の言葉に苛立ちのピークに達したレキが、頬をピクピクと痙攣させる。


「あらあらそうですかそれはそれは……。それじゃあすぐにその口きけないようにして差し上げますね。――このクソ老害どもッ!」


 レキは手にした剣を構えると、灰ローブたちに向かって駆け出す。

 しかしこのまま連中を剣で仕留めてしまうつもりはなかった。

 この後に待つ楽しい『轢死の時間』を不意にしてしまうほどには、まだそこまで頭に血が上っているわけではない。


(――まずは全員の脚を切り裂いてやる! お楽しみはその後!)


 レキは姿勢を低くしながら、連中の足元めがけて横薙ぎに剣を走らせた。



「――うげっ!」


 しかしその直前で身体ごと見えない何かに弾かれたレキは、その勢いで地面に転がる。


「ふはははははっ! 愚か者め!」

「だから言ったであろうが! 我らに手出しはできぬのだ!」


 レキのその姿に、灰ローブたちが沸き上がる。


「ったく……。なんなんですか? コレは?」


 立ち上がったレキが憎々しげに呟く。

 手を伸ばしてみると、レキと連中の間――魔法陣の縁に沿って目に見えないシールドのような結界が展開されているのが感じられた。


「貴様が子どもなんぞを助けている間に、我々はすでに魔法陣を発動していた! 我らがここに留まり続ける限り、どのような攻撃からも守護されるのだ!」


 魔法陣というものは、本来召喚した悪魔などから自分の身を守るためのもの――言われてみればそんな話を耳にしたことがあったような気もする。

 しかしそれを得意絶頂で語ってみせる男の言葉に、レキは心底呆れ果てる。


(――逆に言えば、その魔法陣から出られないってことじゃないの。自分たちが詰んでるってこと、理解できないのかしら)


 例えばこの場に街の兵士なりを呼んで取り囲んでしまえば、彼らはそれで終わる。あとは中に留まり続けて餓死でもするか、外に出たところを捕まって処刑されるかだ。

 とはいえ、レキとしてはそんな迂遠な手段は取りたくはない。

 何よりも、それでは大好きな『轢死』を観ることができないではないか。


「ふんっ! ふんっ!」


 レキはこの忌々しい結界をどうにか砕いてやろうと、何度も剣を振り下ろす。しかしそれが揺らぐ気配は一向にない。


「はっ、無駄だ無駄だ! この結界は無敵なのだ!」


 中から喚き立てる灰ローブの言葉には耳を貸さず、今度は飛び上がりながら思い切り振りかぶった剣を力いっぱいに叩きつけた。


「――っおりゃあ!」


 結界に振り下ろされた剣の激突音が、つんざくように周囲の空気を揺らす。

 そしてあたりは一瞬の静寂に包まれた。



 ――ピキリ


 やがてそんな静まり返った空間で、結界に亀裂の入る音が響く。


「――ひっ!」


 小さく悲鳴を上げた灰ローブたちは、固唾を飲むようにしばしの間沈黙する。

 しかしどうやら結界が維持されていることがわかると、彼らはにわかに余裕を取り戻した。


「――は、はははっ! 馬鹿め! だから無駄だと言っているのだ!」

「貴様に手出しはできん! 諦めろ小娘!」


 しかしレキはその内心でほくそ笑む。


(結界は無敵なんかじゃない。*もっと強い衝撃*を与えればきっと破壊できる――!)

 


 レキは赤ローブたちに背中を向けると、中庭の入口へゆっくりと歩き出した。

 その様子を見て、ついにレキが諦めたと考えたのだろう。灰ローブたちが安堵の表情を見せる。


「ふははははっ! それでいいのだ!」

「そうだ! そのままさっさと失せるがいい!」


 だがレキは半ばでその足を止め、彼らのほうを振り返った。


「――さて、距離はこのくらいでいいでしょうか」


 そう呟きながら、レキは自分の真横の空間に右手をかざす。



「おいでなさい! <T329系 特急つきかげ>――!」

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