剣聖と剣聖③
「なるほど、ワイバーンか……」
話を聞き終えたアルファウスが、少しの間考え込む様子を見せる。
レキの相談は、先日の一件についてだった。
あの日レキたちの前に現れた、近接物理職の天敵となる強力な飛行モンスター。そしてアリオスの話によると、本来であればあの場所でそれと遭遇などするはずがなかった。つまりどれだけ注意を払ったとしても、今後どこで出くわすかわかったものではないということだ。
遺跡での戦いではどうにか討伐することができたとはいえ、あんな無茶を何度も繰り返すわけにはいかない。そもそもまた同じ手でうまくいくかさえ怪しいものだ。なにか対策を立てておかなければ、今度こそは抜き差しならない事態に追い込まれてしまうかもしれない。
「確かに剣士にとっては難敵だ。しかし打つ手が無いわけでもない」
「本当ですか!?」
期待のこもったレキの視線を受けながら、アルファウスが続ける。
「――<属性解放>という技がある。というより、私が編み出したものだがね」
そういいながらアルファウスは腰の剣を抜くと、セリナたちに向かって声を掛ける。
「よければ君たちも見ておくかい?」
「えっ、いいんですか!?」
セリナが思わず面食らう。『剣聖』自ら編み出した技ともなれば、そうやすやすと人に伝えていいものではないはずだ。
「別に隠しておくようなことではないからね。もっとも、教えたところで一朝一夕でものになる技術でもないのだが」
リーネと店主をその場に残すと、アルファウスはレキとセリナたちを伴って裏庭の中心あたりまで移動した。
そして手にした剣に向かって左手をかざす。
「<火属性付与>!」
アルファスが魔法を唱えると、刀身から赤い炎が発せられた。
「見ての通り、付与魔法で剣に火属性をもたせた。通常であればこのまま斬りつけることで火属性を伴ったダメージを与えることができるわけだが――」
付与魔法というものからしてレキにとっては初めて見るものではあったが、その特性はアルファウスの説明だけで十分理解できた。
そしてアルファウスは背中まで大きく剣を振りかぶる。
「はあっ!」
彼がそのまま気合いとともに剣を振るうと、刀身に宿っていた炎が前方に向かって放たれた。そして空中を弧を描くように突き進んだその炎は、十メートルほど先の巻藁に命中すると瞬く間に燃やし尽くしてしまった。
「付与された属性を斬撃に乗せて攻撃魔法のように放つ――これが<属性解放>だ」
アルファウスはそう言いながら、剣を一振りする。
それは『剣聖』らしい凛とした姿であったが、彼はすぐに慌てた様子で店主を振り返った。
「す、すまない! 私も巻藁をダメにしてしまった!」
「ああ、もう好きにしてくれて構わんよ」
店主は半ば諦めた様子で手を振ってみせる。
アルファウスは店主にそんな頭を下げると、レキたちのほうに向き直った。
「――それでだな、今見せたのは火属性の属性解放なわけだが、射程は十数メートル程度で空中の敵を相手取るにはやや心許ない。そこでだ――」
アルファウスが再度その剣に向かって手をかざす。
「<風属性付与>!」
彼が掛けたのは風属性の付与魔法なのだろう。今度は刀身の周囲に、渦巻く空気の層のようなものが形成された。
「風属性はもともと攻撃に風刃によるダメージを追加する効果ゆえに、<属性解放>を行った場合も攻撃自体は単純な物理ダメージとなる。その代わり――」
説明を続けながら、アルファウスが再び剣を振りかぶる。
「はあっ!」
そのまま先ほどのように剣を一振りすると、圧縮された空気のようなものが空に向かって一直線に放たれた。目視ではわかりにくかったが、その飛距離はおそらく三十メートル以上あったのではないだろうか。しかもその飛行スピードは火属性のときより数段速い。
「見ての通り、風の属性解放は射程と速度に優れている。ワイバーンのように強力な飛行モンスターと戦う場合は、こちらが現実的な選択肢になるだろうな」
アルファウスの実演のおかげで、レキにはこの技術の有効性が十分に理解できた。
特に剣士であるレキとセリナは、戦略の幅が間違いなく拡がるはずだ。この技をものにできたならば、ワイバーンのようなモンスターが相手でも確かに十分な攻撃手段となりうるだろう。
やがてセリナがおずおずと手を上げた。
「あの……、それでその<属性解放>というのはどうやれば出来るんですか?」
それを聞いたアルファウスは、顎に手を当て少しばかり考え込む様子をみせる。
「――それなんだが、理屈で説明するのが少々難しくてな。剣を自らの身体の延長として意識し、そこに存在する属性エネルギーを手にしたボールのように放つというイメージなのだが……」
「身体の延長、ですか……」
いまいち飲み込めていない様子で、セリナは自分の剣を振ったり突き出したりしている。
「すまないが、こればかりは感覚的なものでね。その感覚を掴むまでには、それなりに時間がかかってしまうだろうな」