剣聖と剣聖②
「すまない! レキくん! 大丈夫か!?」
アルファウスに少し遅れて、セリナたちも次々と駆けつけてくる。
「レキ!」
「レキちゃん! 今回復魔法を――」
しかしレキは腹部を押さえながらもゆっくりと立ち上がった。
その様子を見たアルファウスは安堵の息を漏らす。
「ああ、よかった。どうやら大事ない――」
「ゔぉろろろろゔぇええええぇ!」
地面でビチャビチャと弾ける音とともに、すえた匂いが徐々に漂ってきた。
呆然としている様子のアルファウスに、涙目になってレキが詰め寄る。
「ぢょっどっぉ! 蹴るとか卑怯くないですかぁ!?」
痛みと怒りと、何よりも羞恥心のせいで、レキの顔は爆発でも起こすのではないかというほどに真っ赤に染まっていた。
「いや、その――」
あまりの剣幕にアルファウスはたじろぐが、レキの語気はさらに荒ぶっていく。
「勝負に汚いもへったくれもないってことですか!? むしろ汚いのはみっともなくゲロ撒き散らしてる私の方だとかそういうこ言いたいわけですかぁ!?」
「ま、待て! 今のはつい反射的にだな――」
大いにうろたえるアルファウスに、さらにルキアとセリナからの凍るような視線が突き刺さる。
「――失礼ですが、もう少し剣士としてのプライドをお持ちになったほうがよろしいのでは?」
「私も今のはさすがにないと思うっす……」
ちなみにアリオスは視線をそらして口をつぐんでいる。こういう場合の余計な口出しは、自分に火の粉が降りかかるだけであることを彼はよく理解していた。
「わ、わかっている! 今のは完全に私が悪い。それに――」
コホンと咳払いを一つすると、アルファウスは居住まいを正してみせる。
「剣術では間違いなく私のほうが押されていた。おかげで自分の未熟を思い知ることができたよ。感謝させてくれ」
「あ、えっと――」
アルファウスの謙虚な態度に戸惑うあまり、レキの興奮は急速に冷めていった。
「――私のほうも、とても勉強になりました。ありがとうございます」
そうやってレキもまた、殊勝な言葉を返す。実際のところ、アルファウスとの手合わせはレキの中で想像以上に得るものがあったと感じていた。最後の蹴りにしたって、実戦では十分に警戒すべき攻撃だったと言えるだろう。
「それで――礼というわけではないが、よかったらこれを受け取ってくれないか」
そう言いながら、アルファウスはアイテムバッグから一振りの剣を取り出す。
レキは促されるままにその剣を受け取ると、鞘から抜いてみた。刀身の色と輝きからして、素材はミスリルだろう。そして剣を抜いた瞬間、以前ルキアの支援魔法を受けた時以上に身体が軽くなる感覚があった。
「これは……」
「ミスリル製の剣に、速度向上の魔法付与がされたものだよ。速さに振り切った性能ゆえに人を選ぶが、君ならば使いこなせるだろう」
レキは試しに近くの巻藁に向かって剣を振るってみる。
すると巻藁は、一瞬でその芯材ごとだるま落としのようにいくつもに寸断された。
「すごいな……」
セリナが思わず感嘆の声を漏らす。
そしてレキ自身も、心中で剣の性能に驚いていた。剣自体の軽さと付与魔法が相まって、剣速はこれまでの倍以上になったと言っても過言ではない。さらにその切れ味に至っては、ただの鉄の剣などとは比較にさえならない。
「あ、ありがとうございます……。でもこんなすごい剣、頂いてしまうわけには……」
レキはさすがに受け取りを躊躇してしまう。どう考えても、おいそれと人にくれてやっていいレベルの武器ではない。それにミスリルの魔法付与品ということは、おそらく店で買う事のできる中では最上級品に属する高価な品でもあるだろう。
しかしアルファウスは、笑いながら首を振ってみせる。
「なに、構わないさ。もともと手放すつもりだった物だ。私がここに来たのだって、そいつを買い取ってもらうためだったからね」
それを聞いた店主のドワーフが、少しばかり表情をしょんぼりとさせる。彼にしてみれば、掘り出し物を手に入れる機会を不意にしたのだから無理もない。そしてそんな様子を見て、レキも彼に結構な迷惑をかけてしまっていたことに思い至る。
「あっ、巻藁ダメにしちゃってごめんなさい。弁償します。――あとさっきのゲロも……」
しかし店主はドワーフらしく豪快に笑い飛ばした。
「がっはっは! 構わん構わん! 今日はずいぶんと面白いものを見せてもらった。鍛冶屋としてのやる気も揺さぶられるってもんだ」
店主の清々しい言葉に、レキは素直に頭を下げる。
「――すみません、ありがとうございます」
そしてレキはアルファウスに向き直り、彼にも改めて礼を述べた。
「アルファウスさんも、ありがとうございました。この剣、大事に使わせていただきます」
するとそれを聞いたアリオスが、思いついたように口を出す。
「そういえば、剣が手に入ったんなら防具は予算内で揃えられるんじゃないか?」
素材が同じであっても、武器は防具よりも比較的高価であると聞いている。全身鎧でもあつらえようとしない限りは、確かに無理なく揃えられそうだ。
「なるほど、君たちはレキくんの装備を買いに来たわけか」
納得した様子のアルファウスが、レキたち一同に視線を向ける。
「――よければ私にも口出しさせてもらえるかな? 実際にレキくんの相手をした身として、何か助言できることもあるだろう。それから、他の皆の装備についてもぜひ相談に乗らせてくれ」
望外の申し出に、セリナたちもさすがに恐縮してしまう。
「それはものすごくありがたいんですけど……迷惑じゃないですか?」
「なあに、将来有望な後進にはついお節介を焼いてしまいたくなるものだ。中年の道楽とでも思ってもらって構わないさ」
アルファウスはそう言ってからからと笑う。
その言葉を聞いたレキは、意を決するようにアルファウスに声をかけた。
「あの、一つ相談したいことがあるのですが――」