30 陽だまりの病室で
次に気がついた時、レキはどこかもわからぬ部屋でベッドに横たわっていた。
窓からは暖かな日差しが差し込んでいる。
「おっ」
すぐ傍で女性の声が聞こえた。レキは横になったまま、声のほうに眼を向ける。
「セリナさん……?」
「気がついたみたいだな」
セリナはそれだけ言うと、立ち上がって部屋を出てしまった。
この場所は、おそらく病院だろうか。レキは自分がなぜそんなところにいるかを思い出そうとするが、頭の中にもやがかかっているように、うまく考えに集中できない。
そのうちに、部屋のドアがガチャリと開いた。
「レキちゃん!」
「レキ! やっと起きたか!」
戻ってきたセリナとともに入ってきたのはルキアとアリオスだった。
レキはベッドから身体を起こそうとするが、なぜだかうまく力が入らない。痛みや不調があるわけではないのだが、身体だけが鉛のように重く感じる。
「あ! ダメよ。まだ横になってて」
ルキアがレキの肩をそっと押さえてベッドに戻す。
「回復魔法で傷自体はほとんど治ってるんだけど、身体はもう少し休めておいたほうがいいわ。魔法での治癒って、少なからず身体に負担を掛けてしまうものなの」
「かくいう俺たちも、さっきまでこの治癒院で療養してたところでな。ついさっきようやく退院したばかりなんだ」
レキの中でようやく記憶がはっきりしてくる。
ワイバーンを相手に無茶をしたせいで大怪我を負い、結果的に意識を失ったのだ。
「えっと、今はいつですか……?」
ずっと眠っていたせいで、時間の感覚がない。
「日付で言えば、遺跡に向かった日の翌日になるな。時間は――午前の十時過ぎだ」
手元の時計を見ながら、セリナがそう答える。
オークやワイバーンと戦ったのが昼頃だったはずなので、丸一日近く眠っていたということだ。
「そうですか……。心配かけてすみません」
レキが謝罪を述べると、ルキアが神妙な顔つきで唇を噛んだ。
「謝るのは私たちのほうよ……。あんなことに巻き込んでしまった上に、私たちを助けたせいでそんなにひどい怪我までさせてしまったわ。本当にごめんなさい……」
ルキアはそのまま俯いて押し黙ってしまった。
それにレキがどう声を掛けたものか戸惑っているうちに、セリナとアリオスまでもが頭を下げる。
「ルキアの言うとおりだ。すまなかった、レキ」
「ああ、完全に俺達の見立てが甘かったよ。セリナのことを強く言えた立場じゃなかったな」
こうまで謝られてしまうと、レキとしては逆に恐縮してしまう。
「や、やめてください……! 私は皆さんが悪いなんてこれっぽっちも思ってないですし、怪我だって私が勝手に無茶したせいでそうなったんですから……!」
慌てて捲し立てるレキを見て、セリナが吹き出すように笑う。
「ふふっ、君らしいな。確かに謝るより先に言うべきことがあったよ。レキ、私たちを救ってくれたこと、心から感謝する」
「おっと、そうだったな。俺たちが助かったのは、お前が命張ってくれたおかげだぜ。本当にありがとうな!」
そうやってセリナとアリオスは明るい表情を見せるが、ひとりルキアだけは沈痛な面持ちのままだ。
「私もレキちゃんには本当に感謝してるわ。でも――」
そんなルキアの頭を、アリオスがぽんと叩く。
「レキも俺たちも、とりあえずはみんな生きて帰ってこれたんだ。今はそれでいいじゃないか。まったく、お前は意外とネガティブなところがあるからなぁ」
ルキアは憮然としながらアリオスの手を払う。
「何よ! 私はただ――」
「まあまあ。レキも目ェ覚ましたばっかでしんどいだろうし、このへんで失礼させてもらおうぜ。じゃあな、レキ。無理せず休むんだぞ」
そのままアリオスは、ルキアを引きずるようにして部屋を出ていってしまった。
「それじゃあ、私も行くよ。また様子を見に来るから」
そう言うとセリナも病室を後にする。
残されたレキは、再び襲ってきた眠気に耐えられずにゆっくりと目を閉じた。
それからさらに一日が過ぎた。
レキの身体はすっかり良くなっていたが、念のため明日の朝まではこの病室で休んでおくようにとのことだ。
治癒魔法といえどもテレビゲームのように一瞬で怪我が治ってしまうわけではなさそうだが、それでもレキのいた世界では完治まで一ヶ月以上はかかったであろう怪我がも丸一日ほどで治ってしまうのだから、魔法というものにはやはり驚かされる。
(セリナさんたち、すごく感謝してくれてたな……)
レキは昨日この部屋にやって来ていたセリナたちの姿を思い起こす。
彼女たちを助けるためとはいえ、自分があんな無茶なことをしたなんて正直今でもあまり信じられない。
しかしそのおかげで全員が無事に帰ってこられたということを、レキは心の底から嬉しく思っていた。
「んっ……」
身体を起こしてベッドの縁に腰掛けたレキは、そのまま両手を上げながら軽く背伸びをした。
窓から差し込む日差しが、なんだかとても心地よく感じられる。
ちょうどその時、ノックの後に開かれた病室の扉から施設の職員が姿を見せた。
「レキさん、お客さんですよ」
見るとその後ろには、レキと同じ年頃の少女の姿があった。
「――リーネちゃん?」
おずおずとリーネが前へ進み出たところで、職員は会釈の後に部屋を出ていってしまった。二人きりになってしまったレキは、どうしていいものか戸惑ってしまう。
見ると、リーネの手には小さな花束が握られていた。それをレキに差し出しながら、彼女は一生懸命に何かを伝えようとしている様子だ。
レキはそんなリーネの手を包むようにしながら、花束を受け取る。
そして彼女に言うべき言葉をかけた。
「――どういたしまして」
それを聞いたリーネはニッコリと微笑むと、レキに向かってお辞儀を一つしてから軽い足取りで病室を去っていった。
再び一人になった病室。
レキは自分の中の感情を噛みしめるように天井を仰いだ。
「――そっか。私、良いことをしたんだよね」
自分の胸に手を当ててみる。そこに温かい何かが広がっていくのを、レキは確かに感じていた。