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空と君のあいだに⑤

 一方のレキであったが、彼女も当然無事には済まなかった。

 落ち際に車体の側面を蹴って落下の勢いを殺そうとしてはみたものの、重力による加速のエネルギーはそれだけでどうにかなるものでは到底ない。


「ぐえっ!」


 地面に斜めに激突したレキの身体は、そのままの勢いで地面をゴロゴロと転がっていき、近くの石壁に当たってようやく止まった。

 レキは仰向けに空を見上げながら、自分がどうにか生きていることを確認する。

 普通であれば先ほど叩き潰したワイバーンの感触に浸るところであるが、今のレキにはさすがにそんな余裕はなかった。

 そんなレキのところに、セリナたちが駆け寄ってくる。


「レキ! 大丈夫か!?」

「レキちゃん! しっかりして!」


 三人の無事を喜ぶべきなのか、それとも彼女らの言葉に背いたことを詫びるべきなのか。心配そうに覗き込む三人の顔を見て、レキは口にすべき言葉をためらう。

 しかし全身に広がっていく焼け付くような感覚が、そんな思考をもすぐに消し去ってしまった。


「――痛い、痛いよぉ……」


 悲しくもないのに涙がボロボロと止まらない。

 しゃくりあげるたびに漏れ出す悲鳴も、自分では抑えることはできない。

 レキがこうなってしまうのも無理からぬことだった。平和で健康な人生を送ってきた彼女には、これだけの怪我の痛みに対する耐性などあろうはずもない。


「痛いに決まってるだろ……なんであんな無茶を……!」


 セリナがレキと変わらぬほどに悲痛な声で吐き出す。彼女の目にも涙が浮かんでいた。


「だって、できないよ……。見捨てて逃げるなんて、できないもん……」

「だからって――!」


 喘ぎながら答えるレキを見て、セリナが語気を強める。

 そんなセリナを宥めようと、その肩を軽く叩くアリオス。そして先ほどからレキの怪我を診ているルキアに声を掛けた。


「――どうだ? ルキア」

「おそらく何箇所か骨折してるわ。それに打撲や擦り傷、切り傷も――。だけどひとまず命に関わるような傷はないと思う」


 ルキアの言葉に、アリオスとセリナはわずかに安堵の表情を見せる。


「治せそう……?」


 そう尋ねるセリナにルキアが首をふる。


「小さな傷はすぐに塞げるけど、骨折の治癒には時間がかかるわ。それに魔力が持つかどうか――」

 ワイバーンとの戦闘で、ルキアもかなり消耗していた。アリオスは苦々しい表情を浮かべる。

「いずれにせよ、この場所に留まるのは危険だ。すぐに移動したほうがいいだろう。レキの身体には負担を掛けてしまうが……」


 やむを得ず一行が移動を開始しようとしたその時だった。



「どーもぉ、お困りのようですねぇ」


 一同が反射的に顔を向けた先には、白いローブを纏った女が立っていた。

 フードを深く被っているため、その顔はほとんど見えない。


「あ、私怪しい者じゃないですよー」


 そう言いながらひらひらと両手を振ってみせる明らかに怪しい格好をした女に、アリオスたちは警戒を強める。

 どうやら女の方もそれを察したらしく、腰のポーチから一枚のカードを取り出して見せた。


「ほらほら、ライセンスー。冒険者の仲間ですよー」


 遠目からではあるが、カードには確かに『Dランク』の記載が見て取れる。


「……敵ではないようだな」


 多少警戒を緩めたアリオスたちに、女が近づいてきた。


「うわぁ、かなりひどい怪我だね。――ちょっとまってて」


 そう言った女の手には、いつの間にか透明なガラス筒のようなものが握られている。その中は何かの液体で満たされており、先端には細く鋭い針が光っている。

 見覚えのないその器具に三人は戸惑うが、それはレキにとって馴染みのあるものだった。


(注射器……?)


 不安そうなレキの表情を見て、女が声を掛ける。


「鎮痛剤だよ。力抜いてねー」

「あなた、何を――!」


 ルキアが静止する間もなく、女は慣れた手つきでレキの左腕に素早く注射を射った。

 どうやら女の言ったことは事実だったようで、注射された部分を中心に少しずつ痛みが引いていくのが感じられる。


「どう? 少しは楽になった?」


 女の言葉にレキが小さく頷くと、ルキアも安堵の表情を浮かべた。


「ありがとう、でもあなた一体――」

「待って待って、そんなことより早くここから移動しなきゃでしょ?」


 するとまるで手品のように、女の手に布の巻かれた二本のポールが現れる。女が地面に広げたそれは、丈夫そうな担架であった。


「これなら運びやすいでしょ?」

「あ、ありがとう……」


 ルキアは困惑しながらも女に礼を言うと、セリナたちと協力してレキの身体を担架に乗せる。

 しかしその間に女はさっさと歩いていってしまった。


「んじゃ、私はこれで」

「え? ちょっと!」


 ルキアの呼びかけも聞かずそのまま行ってしまうかと思われた女が、急に振り返る。


「レキちゃーん! また会おうねーっ!」


 そう言って手を振ると、今度こそその姿を消してしまった。


(さっきの注射器――それに――)


 レキは自分が乗せられた担架を横目で見る。この世界でも担架くらいはあるだろうが、アルミのような金属でできたこれは明らかにレキがいた世界の技術で作られたものだった。


(あの人、もしかして――)


 しかしそれ以上の思考を拒むように、レキに急激な眠気が襲ってくる。


(――今は、休もう)


 レキはゆっくりと目を閉じた。

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