空と君のあいだに①
「ワイ……バーン……!」
ルキアが悲痛に満ちた声で、我が物顔で空を舞うそのモンスターの名を口にする。
「ッざけんな! なんでコイツがこんなところに!」
「言ってる場合か! 次が来るぞ!」
セリナの言葉通りワイバーンが大きく息を吸う素振りを見せると、直後にその口から火球が放たれる。四人は再び回避に成功するが、もし直撃を受けたならば致命傷は免れない威力だ。
「身を隠すわよ! こっちへ!」
ルキアの指示で、レキたちはひとまず近くの石壁へ身を隠す。
ひとまず息をつく面々に、今まさに直面しているモンスターレキがについて尋ねた。
「ワイバーン……。強敵なんですか?」
「討伐ランクはB、ランク的には敵わない相手じゃない――だがっ!」
答えたアリオスであったが、そのまま唇を噛んで黙ってしまう。
「それは空中の相手への対策が十分な場合……」
アリオスの言葉を引き継いだルキアが、悔しげに吐き捨てる。
「地上戦主体の私たちにとっては天敵よ……!」
そしてそれはレキにとっても同じことだった。
いかに最高レベルの剣術をもってしようとも、あの高さの敵に攻撃を届かせることはできない。
そして空中を飛び回る敵を、列車や自動車で轢き殺すこともまた当然に不可能であった。
「翼竜が生息するのは遥か北の山岳地帯だ。こんなところで出くわすなんて誰が想定できるってんだ……!」
「出くわしたものは仕方ないだろうが。できることを考えろ」
嘆くような声を上げるアリオスを、セリナが嗜める。
しかし言葉とは裏腹に、セリナの表情も険しい。
「あの……、アリオスさんの攻撃魔法を使っても難しいですか?」
アリオスのクラスは魔法戦士だったはずだ。それならば、攻撃魔法を使った遠距離の敵への攻撃もできるのではないだろうか。
「俺の魔法は本業と比べればDランクにも及ばないよ。ワイバーンが相手となれば、挑発するのがせいぜいってところだな」
そう言ってアリオスが自虐的に笑う。
(何か考えなきゃ……空中の敵を攻撃する方法を――)
しかしレキが悠長に考える時間を与えてくれるほど、敵は優しくなかった。
「また来るぞ!」
見上げれば、ワイバーンがレキたちのいる石壁に向かって火球を放とうと狙っている。
「散開して! その後は各自で回避を!」
ルキアの指示で四人が分かれた直後、火球の直撃を受けた石壁が崩れ落ちた。
その後もレキたちは、壁や建物を使いながらワイバーンの攻撃をどうにか掻い潜り続けていた。
しかしいつまでたっても、ワイバーンがこの場を立ち去ってくれるような様子は一向に見られない。
「クソッ! <雷の矢弾>!」
アリオスが攻撃魔法で応戦も試みるが、やはり専門職ではない彼の魔法では有効なダメージを与えることは叶わなかった。
「ルキア! なにか手はないの!?」
「このまま火球を躱し続ければ、いずれ高度を下げて直接攻撃してくるかもしれないわ! その時を狙いましょう!」
しかし戦闘が長引くにつれ、皆の顔にも徐々に疲労の色が浮かんでくる。
この絶望的な状況の中、レキも懸命に打開策を考えていた。
(空を飛ぶモンスターが相手なら、こちらも空を飛べる乗り物を出すしかない――)
その結論にレキが至るのは当然の帰結だった。
空というフィールドでより強力な――例えば戦闘ヘリなどを召喚すれば、ワイバーンを撃破することは可能だろう。仮に武装を再現できなかったとしても、ローターの回転などで傷を負わせることができるかもしれない。
しかし自分の能力の特性を考えるに、その作戦にはどこか致命的な穴があるように思われた。
(一か八か、やってみるしかない!)
それでもレキは頭の中に浮かんだ不安を振り払うと、目の前の少し開けた場所に向かって意識を集中させる。
「えっと……、<戦闘ヘリ ジェロニモ>!」
レキは以前にニュースか何かで見た、軍用ヘリコプターの機体名を口にする。
するとそこに真っ黒に塗装された一機の乗り物が姿を現した。
「レキちゃん!?」
「なんだ!? こいつは!?」
それは機体側面にバルカン砲のような武装を備えた戦闘ヘリ――らしきものだった。
確かにおおよそのシルエットはヘリコプターのようだといっていい。しかしパーツのバランスが狂っていたり、テールローターが欠けていたりするなど、見る人が見れば実物と比較しておかしな点が多々見受けられる状態だ。
つまりこれまでレキが召喚してきたに電車や自動車などに比べると、そのディティールにおいて明らかにクオリティが低い。
「いっけえええぇっ!」
構わずレキがメインローターを回転させると、ヘリの機体がわずかに浮き上がった。
しかし上空へ浮かび上がっていくはずの機体は、左右に大きくバランスを崩したかと思うとそのまま横転してしまう。そして地上ギリギリをでんぐり返しのように転がり回った挙げ句に、やがて壁に激突して止まってしまった。
ひしゃげた機体から黒い煙が上がる中、一行に微妙な空気が流れる。
「――えっと、終わり?」
「レキちゃん、あれは何だったの……?」
「ごめんなさい! 今のは忘れてくださいっ!」
レキの不安は的中するかたちとなった。
ヘリコプターのように回転翼で機体を空に飛ばすということは、簡単なように見えて実はかなり難しい。単にメインローターを回転させれば竹とんぼのように真っ直ぐ上昇していくという単純な話ではなく、実際は遠心力やトルクなどを様々なパーツで制御してやる必要がある。ルネサンス期にはすでに概念が存在していたにもかかわらず、実用には二十世紀を待たねばならなかったことを鑑みてもその難度は伺い知れる。
一方で、人間を轢き殺すさまを妄想する目的で学んだがゆえに、レキの知識は陸上を走る乗り物に偏っていた。つまりヘリコプターや航空機といった空の乗り物は範疇外であり、飛行するための細かな機構を再現するには完全に知識不足であったのだ。
やがてヘリコプターは炎に包まれた。おそらく漏れ出した燃料にそこらの火花が引火したのだろう。できの悪いコントを見ているようで、なんだかどっと疲れたような気がする。
しかしその出来損ないのヘリコプターが、偶然にもレキたちに思わぬチャンスを呼び込んだ。
「おいっ! あれ!」
セリナ指す方向へ目を向けると、ヘリコプターの動きに気を取られたワイバーンの動きが完全に停止している。しかもその位置は、地上四~五メートルほどまで下降しているではないか。
「――〈蔦の束縛〉!」
すかさずアリオスが魔法を唱えた。
すると地面から数十本のツタが伸びていき、ワイバーンの両脚を拘束する。
ワイバーンは慌てた様子で飛び立とうとするが、何重にも絡まったツタはどれだけ身をよじったところで到底振りほどけそうにはない。
「今よ! セリナ! レキちゃん!」