遺跡に散る紫②
やがて馬車はようやく目的の場所にたどり着いたようで、ゆっくりと速度を落とすと街道沿いにある建物の前で停止した。
街道沿いにはいくつかこういった駐屯所が設置されており、国の兵士が駐留するだけではなく、冒険者が目的地に向かう際の起点としても利用されている。
そこにはこちらの到着を待っていた様子で、鎧姿の男が一人立っていた。
「クエストを受けた冒険者だな? 連絡は受けている。俺は兵士長のラグナだ」
「アリオスだ。よろしく頼む」
御者台から降りたアリオスがラグナに挨拶を返すと、後ろの三人も次々に馬車を降りる。その彼女たちを、アリオスが順に紹介していく。
「セリナに、ルキアだ。それからあっちが――」
「――ゔぉろろろろうええええあああぁ!!」
奇怪な声とともに、レキの口から形容するにはばかられる流動体が湧き出す。
なにしろレキの酔いは、とうの昔に限界を遥かに超えていた。むしろ到着まで持ちこたえられたことを称賛すべきであろう。
いずれにせよ、リーネが用意してくれた美味しい朝食はそのすべてが樹木の養分となった。
「――今のが、レキだ」
「おい、大丈夫なんだろうな……?」
慌てて駆け寄ったルキアに背中を擦られながら喘いでいるレキを見て、ラグナが明らかに不安げな様子で顔をしかめる。
「安心してくれ、あれでも腕は立つ……はずだ」
そんなアリオスの言葉で納得したようには到底見えないが、そこはラグナもプロの兵士らしく飲み込んで見せた。
「――わかった。彼女が落ち着いたら、とりあえず中に入ってくれ」
ラグナの案内で通された部屋には、さらに二人の兵士が待機していた。
「実際にオークを目撃したのはこいつらだ。改めて本人たちに話をさせよう」
おそらくラグナの部下であろう彼らは、山中の巡回中に例の遺跡でオークの群れを発見したことや、その遺跡の詳細な場所などをレキたちに話して聞かせた。
遺跡はここから山中をさらに二時間ばかり進んだ地点にあるようだ。
昔であればうんざりしていたところであろうが、『剣聖の祝福』で基礎的な身体能力も格段に向上しているレキにとってはさしたる距離ではない。同じ時間馬車に揺られていたここまでの道のりのほうがよっぽど辛かった。
そして兵士たちの話に一区切りがついたのを見計らって、ラグナが再度口を開く。
「オークは単体ならさしたる脅威ではないが、集団となれば危険性は格段に上がる。奴らがこれ以上数を増やす前に、確実に殲滅してもらいたい。――何か質問は?」
言い終えてレキたち四人の顔を見渡すラグナに対して、セリナが簡潔に質問を投げる。
「数はわかる?」
ラグナは、脇で直立不動の姿勢を取っている兵士に回答を促した。
「――はっ! 我々が遠方から確認できた限りでは十一体であります!」
「しかしながら当該遺跡には残存している建造物も多く、未確認の個体も一定数いるものと推察いたします!」
「――ということだ。つまり多くて二十程度を見ておけばいいということだろうな」
ラグナが最後に二人の回答を総括すると、ルキアが続けて質問する。
「その遺跡だけど、地下道みたいなものは無いと考えて大丈夫?」
もし遺跡にダンジョンのような大掛かりな地下道などがあるなら、敵の数も大きく増える可能性がある上に殲滅も困難だ。ルキアの確認はそれを考慮してのことだろう。
「遺跡といっても、現場は古代の小規模な集落跡だ。地下はないし、地上部分に残存している建物も小さな家屋のようなものばかりだ」
ラグナの答えに少しだけ安堵の表情を浮かべたルキアは、さらに質問を続ける。
「エルダーオークについては?」
「この二人は見ていない。だがその規模の群れであれば、存在する可能性も低くないだろうな」
一定規模以上のオークの群れは、エルダーオークと呼ばれる通常のオークよりも強力な群れの長たる個体に率いられている場合が多いらしい。ラグナがその可能性について示唆したところで、どうやら質問は尽きたようだ。
「――では早速向かってくれ。山中に向かう道は建物の裏手だ」
そうしてレキたちがラグナに促され部屋を出たところで、彼がアリオスに声をかけた。
「お前たちには世話をかけるな。すまないがよろしく頼んだぞ」
王国に兵士として仕える彼らもまた、冒険者と同じく主に戦いでその身を立てる者たちであるが、その主な任務は領内の巡回や治安維持などであり、冒険者とは役割を異にしている。
しかし国軍と冒険者ギルドは密に連携しており、情報交換のほか、今回のように双方の任務への協力なども行っている。そもそも今回ギルドにオークの掃討を依頼したのは国軍であるとのことだ。
そのような事情を理解しているアリオスが、ラグナに言葉を返す。
「それはお互い様さ。――任せてくれ」