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2 レキシに魅入られた少女②

 セリナは目の前の光景に思わず呆気にとられてしまう。

 鞘から抜いた瞬間もわからぬほどの素早い剣さばきもそうだが、いくら油断している相手とはいえ()()()()()()を正確に断ち切ることなどそうそうできるものではない。あの状況なら腕ごと斬り落とすほうがよほど簡単だ。

 そしてもしそれを狙ってやったというならば、目の前の少女は一体どれだけの剣力を持っているというのだろうか。


「こんのクソガキがぁ!! ズタズタに斬り裂いてから死ぬまで犯してやる!!」


 そんなことはお構いなしとばかりに、怒りのまま少女に向かって斬りかかる髭面。

 しかしその剣が振り下ろされるより早く、少女は彼の背後に回っていた。


「――ぐぁっ!」


 そこからわずかに遅れて、髭面が左脚から血を吹き出しながら膝をつく。

 それを見てセリナはようやく、少女がすれ違いざまに一撃を加えていたことを理解した。


「やっぱり、剣を振り回すのはさほど楽しくはないですねぇ」


 地面に這いつくばってうめき声を上げる髭面の様子など気にもとめずに、少女は血のついた刀身をつまらなそうに眺めている。


「――っテッメェ!!」


 それに怒りと、何より焦りを感じたのだろう。残る二人も少女に向かって容赦なく剣を振り下ろす。

 しかしその大ぶりの剣撃があれだけの動きを見せた少女に届こうはずもなく、薙ぎ払うような少女の一振りによって二人の脚はまとめて斬り裂かれてしまった。


「んああっ! 痛い! 痛ぁい!!」

「うがっ……、クソが!」


 髭面と同様に、血まみれになりながら地べたでもがく二人。

 そんな様子を、少女が虫でも見るように一瞥する。


「ほんと、よわっちいですね。――まあ、仕方ないことなんですけど」


 セリナは思わずゴクリとつばを飲んだ。


(バカな……あの三人をこうも容易く……!)


 少なくともセリナの見立てでは、男たちの実力は決して低くはない。仮に彼女が一対一で戦っていたとしても、仕留めるにはそれなりに時間のかかっていただろう相手だ。そんな男たちを、少女は三人まとめて瞬時に無力化してしまった。


 一方的な戦いを見せた少女は、一振りして血を払った剣を鞘に納める。

 そして右腕の傷を押さえているセリナの方へ、にこやかな表情を浮かべながら歩み寄ってきた。


「お二人とも怪我もなく――とまではいかなかったみたいですが、どうにか間に合いはしたようでよかったです」


 半ば呆然としていたセリナであったが、少女の言葉で少しばかり我に返る。


「あ、ああ……。ありがとう、君のおかげで私も妹も――」

「ところで、どうしましょうか? この人たち」


 被せ気味に発せられた少女の問いに、セリナは地面に転がる男たちへと目を向けた。


「テメェら! 俺たちにこんなことをしてただで済むと思ってんのか!?」

「そ、そうだっ! ボクのパパは王都の貴族なんだぞ! お前らなんかどうとでもできるんだ!」


 そうやって悪態をつく男たちを見て、セリナはその表情に不快感を顕にする。

 わざわざ脚を狙って無力化させたということは、少女にとどめを刺す意思はないのだろう。

 しかしこんな連中が心を入れ替えるなど、到底考えられるものではない。もし逃がしてしまったならば、次は戦うすべすら持たない者が犠牲となりうる。

 セリナにはその可能性を看過することはできなかった。


「……私は殺すべきだと思う。見逃せばきっとまた同じことを繰り返すだろう」

「ですよねぇ! 私もそう思います!」


 反発を覚悟していたセリナだったが、少女はそう言って明るく笑いながら手を叩く。

 これではまるで、最初から男たちを生かしておくつもりなどなかったかのようではないか。

 そんなセリナの戸惑いを知ってか知らずか、少女は男たちに向き直った。


「さて、それじゃあさっそく殺っちゃいましょうか」


 非情ともいえるその言葉に反して、楽しげに弾む少女の声。それはあたかも新しい玩具を買い与えられた幼い子供のようでさえあった。

 さらに少女は、その肩越しにセリナたちに向かって声をかける。


「終わるまでどこかよそを向いていたほうがいいと思いますよ。きっと見ていてあまり気持ちの良いものではないでしょうから」


 少女の言葉に、セリナは先ほどから座り込んだままのリーネに目を向けた。

 彼女の言う通り、いくら悪党だろうと人間が死ぬところなどあえて妹に見せたいものではない。

 自分以上に状況を飲み込めていない様子のリーネに、セリナはやさしく声を掛ける。


「――耳をふさいで、向こうを向いていなさい」

「……」


 無言で頷いたリーネが、姉の言う通りに背を向ける。それを確認すると、セリナは残った左腕で自分の剣を拾った。


「大丈夫、すぐに終わらせる」


 それを見た少女は、何やら戸惑うような様子を見せる。


「えっと、いったい何を……?」

「君は私たちの恩人だ。その上さらに君の手だけを汚させるような真似はできない」


 そう言いながら男どもに向かって剣を構えると、それを見た少女が慌てたようにセリナを制止する。


「ちょっ、ダメです待ってください! それ全部私のですよっ!」

「え?」

「あっ……! その……」


 呆気にとられるセリナに、少女は言葉を詰まらせる。しかし咳払いを一つすると、いささか落ち着きを取り戻した様子で言葉を続けた。


「えっとですね……。私だけが手を汚すとか、そういうのは特に気にしなくても大丈夫です。さっきも言った通り、ただゴミの始末をするだけのことですから」


 その言葉が耳に届いたのだろう、男たちの悪態が聞くに耐えない罵声に変わる。

 しかし少女はそれを完全に無視して、ただセリナに向けて一言注意を告げた。


「見ててもいいですが、そこを動かないでくださいね。――危ないですから」


 何のことかとセリナが問うよりも先に、少女は男どもに向けて右手をかざす。そして彼女の口からは、何やらセリナにとって聞き慣れない言葉が発せられた。


「さあ、いらっしゃい! <G-400系 新東陽線快速電車>!」


 すると次の瞬間、男どもを挟むかたちで二本のレールが姿を現す。レールと言っても、セリナが知るトロッコのそれと比べるとかなり大きく間隔も広い。

 そして程なくして、遠くから何か奇妙な音が聞こえてきた。


 ――ガタ……ゴト……

 おそらく巨大な何かであろうそれは、地響きのような振動を伴ってこちらに向かってくる。


 ――ガタン……ゴトン……

 男たちもただ耳を澄ましながらキョロキョロと辺りを見回している。


 ――ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン、ガタンゴトン!


「な、なんだよありゃあ!!」


 スキンヘッドが悲鳴のような叫び声を上げる。

 そこに現れたのは巨大なトロッコ――というよりも車輪のついたバカでかい鉄の箱とでもいうべきものであった。

 レールに沿って猛スピードで向かってくるその先にいるのは、もちろん身動きできない男たちだ。


「て、テメェ! 何考えてやがるんだ!!」

「やっ、やだぁ! 助けてママっ! ママーっ!」

「ふざけんじゃねぇ! 早く止めろぉ!!」


 男たちの必死の叫びを耳にしながらも、少女はただケタケタと楽しげに笑う。


「あはははっ! ばぁ~か! 止めるわけないでしょう!? 私はこれが見たかったんですから!」


 迫りくる最期を前に、男たちはなおも声を張り上げる。


「クソッ! この脚がぁ! 動け、動けぇ!」

「やめてええぇ! 死にたくない! ボク死にたくないよぉ!!」 

「待て! 待て! 俺たちが悪かった! だからそいつを止めてくれぇ!!」


 しかし男たちの叫びが掻き消える程の轟音とともに、それはもう目の前にまで迫っていた。


「――さあ皆さん、ド派手にブッ散らかしてくださいね」


 小さく呟くような少女のその言葉は、なぜかはっきりとセリナの耳に届いた。


「おい、よせ! 止めろって言ってんだろ! とめろおおおおおおおおおおおお!!」


 その瞬間、セリナは思わず目を背ける。

 それでも肉の弾け飛ぶ不快な音は、セリナに惨劇の瞬間を容赦なく突きつけた。



 男たちを弾き飛ばした鉄の箱は、そのままその身体を引き摺りながらさらに十数メートル程進む。

 やがて耳障りなブレーキ音とともにようやくその動きを止めると、その周辺には肉片やら装備の破片やらが原型を留めずに撒き散らされていた。


 セリナは纏わりつくような血と臓物の匂いに、思わず顔をしかめる。何よりも恐ろしいのは、この惨状を引き起こしたのがたった一人の少女だということだ。

 そして彼女は畏怖のような感情とともに、立ち尽くしている少女へと視線を向けた。


(泣いている……?)


 小さく震えているその背中を見て、セリナが一瞬そう考える。


「――っははははっ! きゃあっはははははっ!!」


 しかし少女は狂気じみた笑い声とともに振り返った。


「見ました!? 今の見ましたぁ!? ブチブチって! ブチュブチュってぇ!! ああっ、こんなスゴイものが見られるなんて! この世界に来て本当によかったぁ! ああっはははははっ!」


 そうやって捲し立てる彼女の頬は、溢れんばかりの悦びで紅く染まっている。それは遊具ではしゃぐ子供のようでもあったし、あるいは快楽で絶頂する淫婦のようでもあった。

 あんな男たちなどよりも、この少女のほうがよほど恐ろしい存在なのかもしれない。

 しかしそれでもなお、セリナは問わずにはいられなかった。


「君は……いったい何者なんだ……?」


 彼女の問いかけに、少女の表情は憑き物でも落ちたように穏やかさを取り戻す。


「ああ、すみません。はしゃぎ過ぎちゃいましたね。私の名前はレキといいます」

「レキ……」


 その直後、レキと名乗る少女は口元を大きく歪ませる。

 そこに浮かび上がったのは、あまりにも無垢で、あまりにも邪悪な笑顔だった。



「私――『()()』が大好きなんです!」


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