18 星の十字団⑤
「――なるほど。つまりザグはもう死んでいるということね」
状況を理解した様子のエレノアが、何やら考え込む素振りを見せる。
今回のように受注をせずにクエストを達成してしまった場合、確かに何かしら面倒になりそうなのはレキにもなんとなく想像がつく。
「えっと……。不意の遭遇でクエストを受注前に達成してしまった場合、ギルドに事後報告すればそのクエストを後づけで受注できる――でよかったかしら?」
「そうね、通常であればそうなるわ」
「でもレキちゃんの場合、冒険者登録したのはその後だけど――」
「それも大丈夫よ。登録前であっても、一ヶ月以内であれば遡っての受注ができるわ」
ルキアとエレノアが、会話を通して状況を整理していく。
さすがに世界規模の組織が定める規定だけあって、どうやらイレギュラーな対応もしっかりとフォローされているようだ。
そう感心するレキがふと目をやると、セリナとアリオスの二人は理解するつもりさえまったくない様子で話を聞き流していた。
(なんだかルキアさんに同情しちゃうなぁ……)
レキがそんな二人に呆れている間にも、エレノアの言葉は続く。
「ただ問題は、クエストのランクね……。内容が元Cランク冒険者の討伐だから、クエストのランクは当然C以上になってしまう。つまりレキちゃんはそもそも受注資格がないの」
「それはさすがに可愛そうよ。……どうにかならないの?」
レキのために食い下がってくれるルキアの言葉に、エレノアはしばしの間考え込む様子を見せる。
しかしやがて何かしらの案が浮かんだ様子で口を開いた。
「セリナ。ザグを討伐した時に、あなたもその場にいたのよね?」
「え? あ、ああ、そうだよ」
ぼんやりと話を聞いていたセリナが、うろたえながらも答える。
「それなら、セリナとレキちゃんの二人パーティで討伐したということにすれば大丈夫だと思うわ。そうすれば受注資格がセリナのランクで判定できるから」
パーティでのクエスト受注資格は一番高いランクのメンバーが基準となる――つい先ほどルキアから教わったことだ。セリナとの二人パーティということなら確かに問題は片がつく。
「でもその場合、ランクポイントはセリナとの折半になってしまうけど」
「――レキちゃんはそれでいいの?」
そもそもクエストを達成していたことさえ知らなかったのだ。半分だろうとなんだろうと、レキにとっては棚ぼたであることには変わりない。
「ええ、もちろんです。セリナさんがいてくれて助かりました」
そういうとレキは、エレノアに向き直って頭を下げる。
「エレノアさんも、ありがとうございます」
「お礼なんていいよ。冒険者のために頭をひねるのも仕事のうち」
そう言ってエレノアは事も無げに笑う。
なるほど、セリナたちが彼女を頼りにするわけだ。
「――それじゃあ、手続きはこっちでやっておくわね。死体の確認なんかもしないといけないから、悪いけど正式にクエスト達成を受理するのは少し待ってね」
どうやらうまく話がまとまってくれそうな様子に、レキも胸を撫で下ろす。
「それにしても、あれじゃあ死体の確認も大変だろうな」
「うーん、確かに……。バラバラにしちゃいましたからね」
セリナは冗談めかして笑うが、ギルドの苦労を考えるとレキは少し申し訳ない気持ちになってしまう。
「バラバラって……。あなたたちいったい何したのよ」
エレノアの問いにセリナが事も無げに答える。
「レキが召喚魔法を使ってまとめて吹き飛ばしたんだよ。あれじゃあ誰が誰だか――」
「ちょっと待って、あなたたちが相手したのはザグだけじゃないの?」
焦った様子のエレノアがセレナに詰め寄る。
「ああ、そのザグってやつと、あと二人いたよ」
「ちょっと! それ早く言いなさいよ!」
言われてみれば、賊が三人いたという話は誰からも出ていなかったかもしれない。
レキから詳しい話を聞いたエレノアは、眉間にシワを寄せながら何やらブツブツと呟き始めた。
「――相手が複数となるとランク設定から見直しじゃない。下手したら他の二人も冒険者って可能性もあるわよね……。となれば近隣の支部に照会して……」
エレノアにとってもなかなかに厄介な案件らしく、今後の対応に頭を悩ませている様子だ。
「えっと……、なんかすみません」
「――いいのよ。さっき言ったでしょ? これも仕事」
いたたまれなくなって頭を下げるレキに、エレノアは気丈に笑って見せる。だがその表情からは、先ほどまであった余裕が明らかに失われていた。
「ところで、クエストって他にないかな? さっきのは解決しちゃってたんだろ」
そんなエレノアを見て、さらに仕事を押し付けようとする者がいるとは誰が想像できただろうか。
信じられないとばかりに振り返ったレキの視線の先にいたのは、のほほんとした表情を浮かべるアリオスだった。
「――何か見繕っておくわ」
そう答えるエレノアは、誰がどう見ても明らかに苛立っている。
しかしアリオスはそんなことにも気づいていないらしく、さらに火にガソリンをくべるような勢いで畳み掛けていく。
「できれば討伐系のクエストで頼むぜ。調査系なんかだと時間がかかっちまうからな」
「ええ、わかったわ」
「そうそう、それからさあ――」
「まだ何かあるわけ!?」
エレノアに怒鳴りつけられたところで、さすがのアリオスもようやく何かを察したらしい。
「あ、その……。なんでもないです……」
「あらそう、よかったわ」
それ以上は聞く耳持たぬとばかりに、エレノアはバタンとドアを閉めて部屋を出ていってしまった。
「――エレノアのやつ、なんだか機嫌悪かったなぁ」
このアリオスという男、どうやら色々と残念な感じのようだ。
とはいえ一応自分のためを思って頼んでくれたのであろうから、レキにはアリオスをあまり責めることもできない。
しかしセリナとルキアは、当然のように容赦ない言葉を浴びせかける。
「ちょっとはタイミング考えろよ、バカなのか?」
「相変わらず空気も読めないのねぇ、アホなのかしら?」
さすがのアリオスも二人がかりの口撃にはかなり消沈した様子を見せる。
(可愛そうではあるけど、さすがにこれは自業自得だよね……)
レキがアリオスにそんな憐れみの視線を向けている中、ルキアが口を開いた。
「クエストについては私とアリオスで確認しておくわ。レキちゃんは今夜の宿を探さないとだし、セリナも今日は早く家に帰ってあげたほうがいいんじゃない?」
そうしてルキアに促されたレキたちは、ひとまずギルドを後にすることとなった。