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1 レキシに魅入られた少女①

『あなたの好きなことはなんですか?』


 この問いに何の迷いもなく即答できる人って、実は意外と世の中に多くないと思う。

 きっとあの頃の私も、上っ面で用意した間に合わせの答えを返すだけだったんじゃないかな。

 でも今の私なら、その問いに心の底から自信を持って答えられる。

 だって私は――。



◇◇◇◇



「――ぐっ!」


 手から滑り落ちた剣が、地面で乾いた音を立てる。

 女剣士が右腕に受けた傷はかなりの深手だった。彼女に剣を向ける三人の男たちを相手に、これ以上戦いを続けることは難しいだろう。


「ちっ、手こずらせやがって……。ずいぶん腕が立ちやがる」


 戦闘で乱れた息を整えながら、顔をしかめて悪態をつくスキンヘッドの男。余裕のないその態度を見て、髭面の男がバカにしたように笑う。


「ハッ、あたりまえだろ。そいつは冒険者のセリナだ」

「マジでぇ? キミと同じCランクだろぉ? もっとゴリラみたいな女だと思ってたよ」


 細身の男がその言葉に反応する。

 すると髭面は抵抗する術を失った女剣士――セリナの顔をいやらしい手つきで掴んだ。


「見ての通りそうでもねぇんだよ、これが。――ずっと思ってたぜ、いい女だってな」


 短く切られたオレンジ色の髪に小麦色の肌という彼女の風貌は、いかにも戦士然としたもの。しかし髭面のいうように、その顔立ちや身体つきからは健康的な魅力が感じられる。


「残念ながら、妹の方はまだガキだがな」


 そう吐き捨てるスキンヘッドの目線の先には、セリナの隣でへたり込む少女。

 姉とは対照的に大人しめな印象の少女は、身につけているものからして戦う術のない一般人なのだろう。その白い肌が、さらに青ざめて震えているのがわかる。


「いいじゃん、いいじゃん。ボクは小さい子ちゃん大好きだよ」


 舌なめずりをする細身の顔を見て、髭面がフンと鼻をならす。


「よかったな、セリナさんよぉ。妹ちゃんは変態ヤローのお眼鏡にかなったぜ」


 男たちがゲタゲタと下卑た笑い声を上げた。


 辺りではそれなりに名のしれた冒険者であるセリナは、男たちの言うように剣士として間違いなく腕は立つほうだ。ゴブリンやウルフ等といった、街道周辺に現れるモンスター程度であればまず問題にはならない。だからこそ妹のリーネに付き添って森での採集にやってきたのだ。


 セリナにとって誤算だったのは、敵がモンスターではなく武器を持った人間だったということ。しかもその三人は、セリナほどではないにしろそれなりの腕をもっていた。多勢に無勢の上、リーネを庇いながらの戦いとあっては、いかに彼女でも今の状況は避けられないものだったろう。


 最近は何かと物騒になってきているというのは、セリナも聞き及んでいた。街の外で野盗や冒険者崩れに襲われた話も何度か耳にしている。それでもこんな白昼に、しかも街道の真ん中で狼藉に及ぶ連中がいるとまでは想像が及んでいなかった。


 セリナは先程から恐怖のあまり座り込んでしまっているリーネに目を向ける。

 リーネはまだ十五になったばかりだ。自分だけならまだしも、こんな幼い妹までもがこのようなクズどもに汚される――考えただけで悔しさで涙が出そうだった。


「そんな顔するなって。何も命を取ろうってわけじゃねえ。ただ姉妹仲良くたっぷり可愛がってやるってだけさ」


 そう言って髭面が不快に口元を歪めると、細身が息を荒げながらリーネに手を伸ばす。


「そうそう、だからそんなに怖がらないでよカワイ子ちゃん。おニイさんと一緒にいっぱい楽しいコトしようねぇ~」

「馬鹿野郎っ! こんなところでおっ始めるんじゃねえ! 森の中に連れて行くぞ!」


 セリナとリーネの二人を森の中に引きずり込もうと、無理矢理にその腕を引く男たち。

 しかしそこに背後から声が掛けられた。


「あのー、すみません。ちょっと待ってもらえますかぁ?」


 そこに立っていたのは、年の頃はリーネとさほど変わらないだろう一人の少女だった。


「なっ……! 何してる! 早く逃げろっ!!」


 セリナは思わず叫び声を上げる。

 武器や防具を身に着けているところから見て、少女はセリナと同じ冒険者なのだろう。しかしその装備の質を見る限りにおいては、駆け出しのそれとしか思えない。

 手練れの男三人を前にしては、自らを新たな餌として捧げるようなものだ。


 男たちもそれを理解しているようで、それぞれが邪悪な笑みを浮かべた。

 そしてセリナたちから手を放すと、少女を取り囲むようにしながら品定めを始める。

 

「顔は悪くねえが、身体はまだまだだな」

「それがいいんだろぉ! わかってないなぁ!」

「ちっ、ガキばっかり寄越してんじゃねえや。どうせなら――おっと!」


 しかしそんな男たちを押しのけるようにして、少女はセリナに近づいてきた。


「念のため確認しますね。あなたがたお二人に対して、この人たちはいわゆる性的暴行を働こうとしている――それで間違いないですか?」

「え? そ、そうだね……」


 この状況にあってどうにも緊張感に欠けるような少女の問いかけに、セリナもつい間の抜けたような答えを返してしまう。しかしそれを少女はそれを聞くと、なぜだかニッコリと微笑んだ。

 その少女の肩を、髭面がぐいと掴む。


「おいおい、ずいぶんと呑気じゃねえか。その暴行される相手に自分も入ってるって、まだ理解できてねえのか?」


 それを聞いて、後ろの二人もケタケタと笑う。

 しかし髭面の手を振り払うと、少女もまた堪えきれないとでもいうような笑い声を漏らした。


「――ふふっ、あははっ……! いいですね。あなたたちが相手なら、私も気兼ねせずに済みそうです」

「はぁ? これから犯されるってのに随分と楽しそうじゃねえか」


 訝しむ髭面であったが、まるで嘲笑うような少女の声は止まない。


「そりゃあ楽しいですよ。だって『能力』を試せる絶好の相手に、こんなに早く出会えたんですもの」

「はぁ? 一体何を――」

「だっていくら私でも、そんなことのために罪のない人たちを殺したりなんかできないですからね。でもそれって、逆に言えば罪のない人じゃないなら別にいいってことになりません? だって実際にこの前だって――」


 少女がヘラヘラと話すその言葉は、後ろで聞いているセリナにも全く理解ができない。

 そしてそれは髭面も同じだったらしく、彼もついに業を煮やしたようだ。


「いい加減にしとけよ……。さっきからわけの分からねえことぐちゃぐちゃほざきやがって」


 襟元を掴み上げて黙らせようとでもしたのだろうか、髭面が少女に向かって左手を伸ばす。

 その瞬間、セリナには二人の間に一瞬キラリと光る何かが横切ったように見えた。


「あぁ?」


 何やら違和感を覚えた様子の髭面が、自分の左手を見つめる。

 そしてほどなくその違和感の正体に気づくと、悲鳴のような叫び声を上げた。


「――なああああっ!? バカなッ! ありえねェ!!」


 そのただ事ではない様子に、後ろの二人も慌てて駆け寄る。

 髭面の左手、本来であれば五本目の指があったはずのその場所には、どくどくと血が吹き出す鋭利な断面が残されているだけだった。


「さぁて、これで出来の悪い皆さんにも伝わりましたよね?」


 いつの間にか抜いていた剣をブラブラと動かしながら、少女は足元に転がってきた小指を踏みつけにする。その顔には悪魔のような笑みが浮かんでいた。


「――お前らみたいなゴミ、どうなろうと全然構わないってことですよ」

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