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1話 完成


 高校生活最後の冬。


 彼は、学校の空き教室で開かれた、部活の送別会に参加していた。


 工業高校のロボット部。趣味と将来を考えて入った部活だが、お陰で色々と学べ楽しめたようだ。


「先輩、お世話になりました」


「これからのロボット部を頼むよ」


「はい、僕も先輩の行く工科大学を目指します」


「待ってるぞ」


 後輩と制服姿での最後の会話をし、学校からの帰宅途中、突然凄い衝撃に合い彼は意識を失った。


◆ 


 彼が再び気が付き、辺りを見回すと壊れた馬車らしい残骸と、大人達の死体がゴロゴロと転がっていた。身につけている装備から兵士なのがわかる。


(どこだ、ここは? 事件? 事故? )


 そして自分を庇うように抱きかかえ、命が尽きた女性の死体。既に冷たく時間が立っているのがわかる。


(この人が守ってくれたのか? )


 抱かれていることを不思議に思い、自分の身体を見回すと、とても幼くなっていることに驚いた。


(身体が小さい! 幼くなっている? )


 この女性はもしかしたら母親だろうか。古風なドレスが鋭い何かで切り裂かれ、その傷跡からはかなり出血していた様だが、今では乾いて固まっている。


(うっ、頭が痛い、意識が…………)


 しかし、その光景を最後に彼は再び意識を失った。


 

 彼が意識を失って数時間後、その凄惨な場所に一台の馬車が通りかかる。

 立ち止まり、御者台から一組の男女が降りてきた。

 辺りを警戒し、倒れている兵士達に声をかけるが返事がない。


 男は色黒で、小柄だが筋肉質で堀の深い顔。そして立派な髭を蓄え眼光が鋭い。

 女はスラッとした体型で綺麗な顔つきだが、目じりが少し釣り上がっており、キツめの印象を受ける。頭の上に二つの尖った動物の耳らしきものがついており、尻からは、ネコ科の尻尾のようなモノが生え逆立っていた。


 何やら二人で相談した後、女は女性の死体に近づき祈りを捧げた後、抱える手を丁寧に外すと幼子を優しく抱き上げ、男と共に馬車へと戻り急ぎその場を後にした。



 そんな出来事から十年後の、とある大きな城下町の裏通り。


 朝と言うには早い時間に、鍛冶屋の二階にある窓から少年の大声が通りに響く。


「やったぁ~完成したぞ~~~」


 椅子から立ち上がり両手を上げて一人、部屋で歓喜する少年。

 すると、その大声反応し一階から階段を駆け上がる音がし、直ぐに少年の部屋のドアが開いた。


「ヒイロ、何時だと思ってるのよ、静かにして! 」


 まるで母親が我が子をキツめに叱るような言い方に、少年ヒイロは机で作業をしていたモノを隠すように庇い立ち、謝罪の言葉を口にする。


「レインさん!ごめんなさい……」


「ふう~ また遅くまで作業していたの?さっさと寝なさい」


「はい、もう寝ます……」


 深い溜め息の後、レインは一言言って部屋を後にした。しかし、念願の物を完成させたヒイロは、ベッドに入るも、嬉しさと興奮のあまり中々寝付けなかった。


◆ 


 その日の朝、鍛冶屋の一階にあるキッチンでは、レインが片腕で器用に料理をしている。左手の肘から先は無いが、義手で器用に野菜を押え、右手に持つ包丁でスライスしている。その慣れた手つきは、包丁とまな板で刻む音のリズムで良く解るだろう。


 その音で起こされたのか、奥の部屋からは顔全てが毛に覆われた小柄な男が寝ぼけ眼をこすり、欠伸をしながら足を引きずり出てきた。右足は膝から下がなく、左足との高さを合わせる太い木の棒がついている。


「おはよう、ドモン」


「ああ……レイン……おはよう……」


 挨拶を交わすと、そのまま裏庭の井戸へと行き、服を脱いで頭から水をかぶるドモン。すると覆っていた毛が頭髪とヒゲに別れ、顔が露わになる。髪は結び、頭の上に団子状にまとめ、ヒゲは束ね三つ編みし撫で下ろす。そして再び服を着ると、キッチンへと戻っきた。


「ああ~目が冷めた。まだ外は冷えるわい」


「春だからね。朝晩はまだ寒いわよ。ドモン、二階に行ってヒイロを起こしてきて」


「なんだ?ヒイロは、まだ降りてこんのか?」


「朝方まで何やら作業していみたい。うるさくて一度注意したんだけど、その後もしばらく起きていたようね」


「全く……誰に似たのやら……」


「アナタに決まってるでしょ。もう朝食が出来上がるから、さっさと呼んできてよ」


「お、おう! 」


 会話でわかるこの家でのパワーバランス。

 手すりを掴みながらゆっくりと階段を登り、部屋のドアを開けるとヒイロはまだ夢の中だった。


「おい、ヒイロ。いい加減に起きんか! 」


 ドモンの怒鳴り声が部屋に響くと、ヒイロは驚き飛び起きた。また寝てしまいそうな眠気を我慢し挨拶をする。


「ドモンさん、おはよう……」


「余りレインに心配かけるんじゃないぞ」


「……うん……」


「ほら、お前も井戸に行って顔を洗ってこい」


「…………」


 再び夢の中に行きそうなヒイロに声をかけるドモン。


「おい、ヒイロ!」


「はい、直ぐに行きます!」


「本当に世話の焼ける……」


 慌てて手ぬぐいを持って部屋を出るヒイロ。その背中を優しい眼差しで見ながらドモンは呟いた。


 しかし、最後の言葉を飲み込み、開けっ放しをドアを締め、手すりを握りゆっくりと階段を降りた。



「「「いただきます」」」


 リビングで三人で揃って挨拶をし、朝食を食べ始める。

 温めたパンに焼いた川魚、肉と野菜を煮込んだスープ。この世界の朝食では少し裕福な品数と種類。

 朝食を食べながら、今日の予定を話し合うのが、この家族の日課だった。


「今日までの仕事はある程度終わっとる。レイン、次の依頼は?」


「特に納期の問題はないわ。ちょっとキッチン用品の在庫が少なくなってきたから、そっちを作って」


「わかった。ヒイロ、材料を工房に運んどいてくれ」


「はい、わかりました。それで…… あの…… 」


「うん?ヒイロ、どうしたの? 」


「今晩、先生も含めて三人に話があるんだけど…… 」


「なんだ?改まって」


「あら、セツナも呼ぶのね?」


「はい、先生も」


「わかった。レイン、夕食は一人分多めに頼む」


「わかったわ。魚と野菜を多めに用意しなきゃ。ドモン、ヒイロの話が終わるまでお酒は駄目よ」


「……うむ…………」


「駄目だ・か・ら・ね!」


「わ、わかっとる」


「フフフ、どうだか?」


 朝食が終わり片付けをヒイロがしている間に、ドモンは工房に行き炉に火を入れ、レインは店のカウンターへ行き、帳簿を確認し始めた。


「フーン♪フフフフフフーン♪フフーン♪」


 鼻歌を歌いながら食器を洗うヒイロ。かなりご機嫌らしい。夜が待ち遠しくて仕方がないようだ。


 (楽しみだなぁ~喜んでくれるかなぁ~)



 それなりに繁盛しているドレン工房。


 ドモンとレインの両者の名前を取り、命名されたこの工房は、調理器具から冒険者の武器防具。値段によってはフルオーダーメイドまで受注する、一般人から冒険者までが幅広く利用している。


 午前中は主婦や料理人の利用が多く、夕方からは依頼から返ってきた冒険者達で賑わっていた。


 仕事が終わり、外に掲げている看板をしまうヒイロ。丁度そこに三人がよく知る人物が訪ねてきた。


「久しぶりですね。ヒイロ」


「先生、お久しぶりです」


 一目でエルフだとわかるが、種族特有の美貌は、左半分が長い髪に隠れ半減し、そちら側の目には光がない。

 ドモンとレインの冒険者時代の元パーティーメンバーの一人で、現在はヒイロの魔法の師匠であるエルフの青年。

 彼も冒険者を引退し、今では兄の手伝いで教会で働きながらも、子供達のため私塾を開いている。


「ドモンさん、レインさん、先生が来たよ」


「久しぶりだな、セツナ」


「久しぶりですね、ドモン、それにレインも」


「久しぶりね、今日は夕食も一緒に食べていってよ。好物も用意したから」


「ありがとうございます、レイン」


「ほら、先生、早く入ってください」


「そんな、押さないでくださいヒイロ。お邪魔します」


◆ 


 先ずは食事だと、四人で食卓を囲むことにした。仕事が終わり腹になにか入れなければ、頭が働かないらしい。


「セツナ、私塾は順調か?」


「ええ、ドモン。生徒も増えてきて、手が足りなくなってきましたよ」


「それは良かったわね」


「レイン、良ければヒイロにも手伝ってほしいと思ってますがどうですか?」


「えっ!僕が?」


 思わぬ提案に驚くヒイロ。


「ふむ、ヒイロはどうしたい?」


 あご髭を撫でながらドモンが言う。


「先生の手助けになるならやってみたいけど、お店の手伝いもあるから……」


 先ずは店の手伝いを優先しなければと遠慮すると、少し考えレインが言う。


「なら週に二日位ならどう?暇な日もあるから、その日は二人でも大丈夫よ」


 レインがそう提案すると、


「レインさん、いいんですか?」


 驚くも嬉しそうに返事をするヒイロ。


「ああ、行って来いヒイロ」


「いってらっしゃい」


 二人も仲間が困っているのならばと、協力したかったのだろう。ヒイロ本人が嫌でないのなら問題ないらしい。

 

「助かります。あっ、給金はちゃんと出しますよ」


「が、がんばります」


「そう、気負わないでやれる事を一生懸命やっておいで。セツナ、ヒイロをよろしくね」


 その後もお互いの近況の会話をしながら四人は食事を楽しんだ。


 食事も終わり皆で手早く片付けも終わらせると、ヒイロが声を上げる。


「実は三人に見てほしいものがあるんです。工房に来てください」


 皆で工房へ移動した後、ヒイロは数年前の誕生日に貰った魔法袋から、レッグギア 、ガントレッド、眼帯、を取り出し作業台に置いた。三人の視線は各々に合わせたアイテムに釘付けになる。


「これはドモンさんとレインさん、そして先生へのプレゼントです。実は師匠に協力してもらって材料を集めて僕が作りました」


「「「これをヒイロがガロードと!」」」


 ガロード

 元ドモン達のパーティーメンバーで、一人だけ今だ冒険者を続けている壮年の戦士。余りドレン工房に顔を出さないが、高ランク冒険者ともなれば忙しいのだろうと、三人は気にしていなかったのだが、まさかヒイロに協力して、こんなアイテムを作っていたとは思いも依らなかった。


「それぞれ手に取ってください」


 男性二人が戸惑う中、薦められるままに何の躊躇いもなく手を伸ばすレイン。

 続けて、ドモン、セツナと手に取り、あちこち舐め回すように見ている。


「レインさんには、左義手のガントレットです 。身体強化の応用で、体内の魔力操作により動かせます。力加減は、その、訓練が必要ですけど……」


「あ、ありがとう。凄く嬉しいわ」


「ドモンさんには、右義足のレッグギアです。これもレインさんのと同様で、魔力操作で普通に歩けるようになると思います。これも走るには訓練が必要ですけど……」


「おっ、おう」


「 先生には、この眼帯型義眼です。これは魔力操作と魔法の組合せで、様々な見え方が出来るはずです。魔力可視化や、光魔法で普通の視界、横に付いてるダイヤルで、近くや遠くを見たり、火と水の混合魔法で温度を可視化したり、様々なことが出来るはずです。訓練は二人より大変かもしれませんが、先生なら大丈夫だと思います」


「ま、任せてください。使いこなしてみせます」


 説明が終わると、ヒイロは想いを伝え始めた。


「 僕はドモンさんとレインさんに拾って育ててもらって、先生に色々な知識や魔法を教えてもらって、本当にお世話になりっぱなしで……」


「何を今更……」


「そうよ、ヒイロが気にするとじゃないわ」


「二人共、先ずはヒイロの話を聞きましょう。さあ、ヒイロ。続きを」


 二人を宥めるセツナ。


「はい、三人に少しでも恩返しが出来ればと思って作ったんです。良かったら……その……受け取ってください」


 恥ずかしさを我慢しながら、しどろもどろに説明するヒイロ。

 その言葉に、男性二人は涙を堪えて微笑み、レインは口を片手で多いながら声を殺して大泣きした。


 少し経ち気持ちが落ち着いた所で、ヒイロが手伝いそれぞれが欠損部位へアイテムを装備し始める。


「私のサイズにピッタリだわ」


「見た目より軽いのう。うむ、良い仕事だ」


「ふむふむ、これは便利そうで良いですね」


 装備し姿鏡を交代で見る三人。その顔は満面の笑みに溢れている。


「ヒイロ、大変だったろう?」


 ドモンが労いの言葉をかけると、ヒイロは魔法袋から一つの義手を取り出した。レインに渡された義手とは違い、かなり大きい木製で、繋ぎ目には所々金属で止め補強されてた義手。


「簡単じゃなかったけど…… これが試作一号です」


 そういって内側部分についている蓋を、パカッと開けると、空洞で中に削り出された滑らかな棒が二本と、少し太い糸五本が並んで見える。関節は球体がつなぎ目に挟まる形で収まり、滑らかに動かせるようになっていた。


「師匠にお願いして、皮を引剝ぎ取った後のゴブリンの死体をもらって、冒険者ギルドの解体場で職員の方に教わりながら身体の仕組みを調べて作りました」


「「「………………」」」


 その精巧さに言葉を失う三人。

 ヒイロが出した試作品の義手の精巧さは、魔樹(トレント)のゴブリンを発見したと嘘をついても信じてしまうぐらい、精巧に木材で腕部を見事に再現されていた。


 この世界でも様々な理由で身体に欠損がある人々が暮らしている。生まれついてによる者や戦闘で失った者、不幸にも事件や事故に巻き込まれた被害者達。

 運良く生き残れたとしても命が安いこの世界。そんな状態では生き続けることは厳しい。

 絶望し自暴自棄になる者もいれば、生きることを諦める者もいる。

 しかし必死に足掻こうとする者。前を向いて生き続ける諦めない人々。

 生きるためには金がいる。しかしまともに稼ぐ手段が無い。

 少し余裕がある者でも、木材を削り出し見栄え良くしているぐらいだ。ドモンもレインも、普通の木材を足や腕につけているだけ。

 三人と身近に生活をしていたヒイロはどうにかしたかった。なんとかしたかった。前世の知識とレアなスキルの鑑定を使って。


「こりゃ凄いのう! 」


「これは…… ふむふむ…… 」


「今にも動き出しそうね……なんか気味が悪いわ…… 」


「これ、ちゃんと動きますよ」


「「「えっ!」」」


 三人は、それぞれ率直な感想を口にする。最後にレインが言った言葉に答えるヒイロ。

 そして、義手の中に並ぶ紐を一本を優しくつまむとゆっくり引っ張った。すると義手の親指が紐の動きに合わせて掌に握り込まれる。


「この紐が親指と繋がっています。五本の糸それぞれが別の指に繋がっている仕掛けです」


「「「おお~!」」」


「この木の骨の裏に、もう一本紐があって手首と繋がってます。ほら」


「「「おお~~!!」」」


 ヒイロは紐を操り、ジャンケンを見せたり冒険者のハンドサインを見せたりと、器用に操ってみせた。


 試作一号と名付けられた義手は、生きている腕のように滑らかに動きはじめる。

 説明がなければ切り裂いたばかりの魔物の腕にしか見えない。

 三人は試作一号の動きに驚き、目を輝かせて面白そうに見て声をあげる。

 ヒイロは再び魔法袋に手を入れ次に取り出されたのが、


「これが試作一号を改良改善して出来た試作二号です。魔力操作で動くアイテムになります。これは魔道具です。そしてサイズを人間用に小さくしたものなんです」


「「「えっ!まさかのもう一本?」」」


 まさかの二本目の義手に驚く再び驚く三人。

 試作一号より一回り小さいサイズで、滑らかな金属製の義手だった。

 彫刻の腕のように曲線が美しく、内部の紐は魔物の素材に変わっており、光沢があり艷やかな糸と、黒紫色に変わった木骨。

 一番の違いは、外郭についている金属の内側に、魔力回路が掘られている点だった。


「ほう! 外郭は魔鉄を薄く伸ばしたものか。これはデススパイダーの糸だな?木の骨は魔樹(トレント)か? 内側の魔力回路は、粗が目立つが問題なく作用する。腕を上げたなヒイロ、良い出来だ」


 物作りを得意とし職人堅気のドワーフ。今では名工と名高いドモンから及第点が出た。

 さすがドワーフ。一目見て、肌触りを確認すると素材を全て言い当てる。


「流石ドモンさん、全部その通りです」


「まぁ~のう~」


 得意げに髭を撫でながらドヤ顔のドモン。


「これはもう職業病ね…… 」


「本当に…… 」


 そんな二人のやり取りを見て呆れるレインとセツナだったが、二人だけの世界に悔しい気持ちが湧き上がり二人も感想を述べ始める。


「こ、これは前のと比べてとても綺麗ね」


「あっ!ここです。この魔力回路は、私が教えたものなんですよ」


 造形美を褒めるレインと、自分の教えが生かされている事に喜ぶセツナ。


「それじゃ、見ててください」


 ヒイロが試作二号の腕の付根に魔力を通すと、魔力回路が反応し淡く光り、指が動き手首が回る。


「「「なるほど」」」


 最初は感心することしか出来なかったが、早速身体強化の応用で体内の魔力を循環すると、装備した義手や義足の指先が動き出し義眼が光が宿った。


「おお!」


「すごいわね!」


「見える!しかしまだぼやけますね。もう少し魔力の強さと属性のバランスを変えれば……おお!はっきりと見えます。凄い、凄いですね!なるほどなるほど……おお、これがヒイロが言っていた温度を可視化した世界ですか!面白い、実に面白い♪」


 眼帯の扱い方を色々と試しながら、饒舌に話すセツナ。今まで見たことのない興奮した姿に、ヒイロはとても驚いた。


「せ、先生?」


「これはお恥ずかしい。失礼しました」


「「「ははははは」」」


 ヒイロが恐る恐る声をかける。我に返ったセツナが反省の言葉を口にした直後、皆で大笑いしたのだった。



 次の日の夜、一日の仕事を終えた後に裏庭で三人が、それぞれ昨日ヒイロから貰ったプレゼントを装備し訓練を始めていた。


「う〜ん、なかなか力加減が難しいわね……あっ」


 レインはリンゴを掴み、籠から籠へと義手で移し替えているのだが、魔力操作を間違えると力が入りすぎて握りつぶしてしまう。もちろん潰してしまったりんごは、後で皆で美味しくいただく予定だ。


「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」


 ドモンは自分で掛け声を出しながら、中庭を右回りでゆっくり走って、三周すると左回りでまた走りそれを繰り返していた。


「なかなか、調節が合いませんね。おっ!これが魔力を可視化した世界!実に興味深い」


 セツナは義眼に流す魔法の組み合わせを色々と試しているようだ。


 ヒイロは、彼らの訓練を順番に見て回り、気になった所をメモに書いている。しばらくすると、


「ふう~私はもうそろそろ魔力切れになるわね」


「わしもそろそろ限界か……」


「私はまだ余裕がありますが二人に合わせましょう」


「それじゃまた明日に。整備調整するので回収しますね」


「お願いします、ヒイロ」


「わしに手伝えることがあったら遠慮なく言うてこい」


「…………」


 素直に渡す二人と出し渋るレイン。不思議にヒイロが思い尋ねる。


「レインさん?」


「こら、レイン。気持ちはわかるがヒイロに渡さんと」


「そうね……」


「どうしたんですか?」


「いやな、レインは嬉しくて昨日その義手を抱いて寝ていてな。今日も抱いて寝たかったんだろうよ」


「ドモン!余計なこと言わないでよ」


「「「ははははは」」」


 セツナは教会へと帰り、ドモンとレインは訓練の疲れから直ぐに眠りについた。

 ヒイロは自室で魔道具の灯りをつけて、三人から回収したアイテムの緩みや歪みをチェックし、ブラシで汚れを取り布で丁寧に磨いてから寝るつもりだ。


「凄く喜んでもらえて良かった。三人共リハビリに積極的で安心だし。よ〜し、終わったぁ~ 僕も早く寝ないとまた怒られ……ちゃ……う……」



 プレゼントを渡した日から二週間が過ぎた。今では裏庭での訓練では物足らず、、近くの森へと出て訓練を行う三人と付き添うヒイロ。


 日が昇っている間は冒険初心者向けの優しい恵みの森だが、日が沈むと一変して厳しさが増す夜の森。しかし、三人はそんな夜の森で子供のようにはしゃいでいた。


「よっ、ほっ、はっ」


 土蜥蜴(アースリザード)からの爪攻撃を、バク転で躱し距離を取るレイン。


「とどめよ」

――グシャ


 土蜥蜴が舌を伸ばしてきたので、義手で掴み絡み取り、相手が舌を戻そうとする力を利用し、自ら大蜥蜴に飛んでいき、脳天に右手に持つナイフで一撃を叩き込む。すると大蜥蜴は倒れ動かなくなった。



「ふん」


 オーガの一撃を大斧で受け、しっかりと踏ん張るドモン。


「おりゃ」

――ザシュ


 攻撃をしたオーガのほうがよろけると、踏み込み距離を詰めて、大斧を横薙ぎに振るい一撃で首を跳ねた。



「ハッキリ見えてますよ」


 幻影魔法を使う難敵黒狐(ブラックフォックス)。しかしセツナは義眼でサーモグラフを発動し、相手の動きが手に取るようにわかる。


「そこですね。聖なる矢(ホーリーアロー)


 スコープのように義眼で狙いを定め魔法を放つと、黒狐の眉間を撃ち抜き、倒れる音が草むらから聞こえた。



「みんな凄い。こんなに強かったなんて」


 三人から少し距離を取り、後ろから見ていたヒイロは驚いた。ドモン、レイン、セツナがこんなにも強かったのを知らなかったのだ。


 ドモンは、気の優しいこだわりのある職人。

 レインは、世話焼きで数字にうるさい女将。

 セツナは、理論派の何でも知ってる魔法の先生。


 そんな印象しかなかったのが、眼の前で図鑑でしか見たことのない魔物を、それぞれが単独で余裕に討伐する光景に興奮していた。

 しかしそんな光景に見とれていると、ヒイロの後の藪がガサガサと音をたてる。


「えっ! ………… 」


 後ろを振り向くと、そこには体高が自分の身長の三倍はある馬鹿デカい猪が顔を出して、ヒイロを見下ろしている。


「うわ~~~超巨大猪(グレードビッグボア)!」


 余りの恐怖で頭を抱えその場でうずくまるヒイロ。しかし、いつまで経っても自身に攻撃が来ないことを不思議に思い恐る恐る顔を上げると、既に倒され光を失った頭部の上にはレインが立っていた。


「あれ?」


「ヒイロ、大丈夫か?」


「あ、はい……」


 自分を庇うように、いつの間にか超巨大猪との間に入っているドモンが振り向き声をかけるが、何が起きたか今だ理解が追いついてヒイロは生返事しか返せないでいた。


「セツナ、流石ね」


「いやいや、レインも速かったですよ」


 どうやら、会話からしてレインではなくセツナが魔法で先に仕留めたらしい。その直後にレインが攻撃したようだが、過剰攻撃により、超巨大猪(グレードビッグボア)の顔は、牙が折れ、片目は潰れ、顔全体に無数の打撲痕が刻まれていた。


「もう~ ヒイロも少しは戦闘訓練を頑張りなさい」


「はい……」


「相変わらず戦闘は苦手のようですね。もっと訓練を厳しくしないといけませんね」


「…………」


 レインとセツナの言葉に厳しい訓練を想像し、背筋が寒くなるヒイロ。


「ほれ、他の獲物は全部そのまま魔法袋に入れて、こいつはデカすぎるから解体してから詰め込むぞ」


「わかったわ」


「それなら血抜きですね。水球(アクアボール)


 ドモンの言葉に直ぐに動き出す二人。レインは短剣で胸を突き刺すとが血が噴き出るが、セツナが直ぐに巨大な水球で包み徐々に赤く染まってく。


「ヒイロも覚えとおいて損はない。よく見ておけ」


「はい、ドモンさん」


 肉はいつもブロック状の物しか見たことのなかったヒイロ。超巨大猪の皮が剥がれ、肉と骨になっていくのを興味深く見ていた。そして疑問を口にする。


「あれ、内臓は埋めちゃうんですか?」


「そうよ。食べてもお腹を壊すからね」


「新鮮だし、ちゃんと処理すれば美味しいのに……」


 ヒイロは不思議に思い尋ねると、レインから返事が帰ってきた。そして残念そうに呟き諦めたヒイロ。  しかし三人はその言葉を聞き取っていた。


「ヒイロ、どう処理すればいいんですか?」


「方法を知っとるようじゃのう」


「ヒイロ、一緒に試してみる?」


 セツナは興味津々。ドモンはその工程に興味があるらしい。レインは捨てようとした内蔵を剥いで干していた毛皮をとり、地面に裏返し広げでその上にドサッと内蔵を置いた。


「いいんですか?『鑑定』」

(久しぶりにモツが食べれる~♪)


 ヒイロは、三人の問いかけに答え、返事を待たず早速内蔵に鑑定魔法かけた。すると、


【大猪の内臓

 ハツ(心臓)レバー(肝臓)マメ(腎臓)は、しっかり血抜きされていて浄化魔法により寄生虫を除去すれば安心安全で美味。

 ガツ(胃)、ヒモ(小腸)、ダイチョウ(大腸)は綺麗に洗浄後、浄化魔法をかければ超美味。

 推奨調理 焼き 煮込み】


と、頭に説明文が流れてきた。


 ヒイロは魔力も少なく戦闘センスもなかったが、レアなユニークスキル【鑑定】を持っていた。そのおかげで、この世界でわからないものはない。

 その鑑定の情報に前世の知識が加わる事によって、とてもチートなスキルとなっていた。

 それを知るのは自分以外に四人だけ。

 とても珍しい貴重なスキルのため、ドモンがヒイロを思い他言無用をキツく言いつけてある。


 もちろん鑑定のお陰で、義手、義足、義眼、の開発が順調に進んだのは言うまでもない。




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