先を目指す
空が薄らと色付き始めた頃、リルは目を薄く開けた。自分が何かを両手で握り締めているのを感じて、暗い中でそれがハルの手である事を見て、目を大きく開けてリルは体を起こした。
ハルに声を掛けようとして状況を思い出し、リルは声を潜めた。
「ごめん。寝過ぎた」
「おはよう。大丈夫だ」
直ぐにリルは探知魔法で周囲を探る。付近には魔獣がいない事を確認すると、リルは息を吐いた。
「大丈夫だろう?」
「うん。交代するから寝て」
「いや。リルが良ければ先に進もう」
「え?ハル?寝てないじゃない?」
「それが一晩中、少しも眠気を感じなかった」
「今も?」
「ああ。今もだ」
「分かった。移動しよう」
そう言ってリルはベッドから立ち上がった。
「その代わり、途中で眠たくなったら休もうね?」
「そうだな。確かにその方が効率的だ」
ハルも立ち上がると、ベッドを土魔法で片付けて、荷物を担ぎ、リルに手を延ばして、リルを横抱きに抱いた。
「え?ハル?私、自分で走るよ?」
「私が抱き抱えて走った方が早い」
そう言いながらも、ハルは走り始める。
「それはそうだけど」
「さすがに眠れないだろうが、リルは戦闘に備えて体力を温存しておいてくれ」
「体力って言っても、ハルの魔力を使って魔法を撃つだけだけど」
「それでも疲れるのだろう?昨夜は体を起こすのも、辛そうだったではないか」
「さすがにバット系は数が多かったから」
「今日もどうなるか分からない」
「・・・そうよね。昨日より大変かも知れないもんね」
「ああ」
「じゃあせめて、おんぶにして」
「うん?何故だ?」
そう問い返しながらも、ハルは走ったままリルを横抱きから背負う形に移した。
「この方がハルは楽でしょ?」
「変わらないが?」
「だって、抱いてるの、腕が大変じゃない」
「その様な事はない。リルはこの方が楽なのか?」
「そりゃあ抱いて貰った方が楽だけど」
「なら抱いていこう」
ハルはリルを背中から腕の中に移す。
「あの、重くない?」
「いいや」
そう言えば体重を気にする女性もいると言う話だったな、とハルは思いだした。それなのでハルはリルに向けて、肉体強化をしているから等と説明するのは止めておく事にする。
「軽いから大丈夫だ」
ハルはなるべく感情を乗せずに、ただ事実を述べただけだと言う体で、リルにそう告げた。
「いた。多分ミディア」
「あれか。大きいな」
「そう。あれがダンジョンサイズ」
「なるほど」
前方遠くの魔獣を探知したリルが指差す方に、ハルは向きを変える。そして少しずつ魔力を漏らすと、ミディアの群れがハルに気付いた。
「もっと魔力を絞って。強過ぎると逃げちゃう」
「そう言えば、ボス以外は逃げるのではないか?」
「だから弱さを装って、群れ自体をおびき寄せよう」
「分かった」
ハルに足を止めさせて、リルは罠を用意する。
「魔力を波打たせて」
「波打たせる?」
「瀕死みたいに」
「瀕死?こうか?」
「そうそう、良い感じ。魔力もらうね」
「ああ」
リルはミディアの群れの動きを探知しながら、タイミングを待った。そしてハルの魔力を使って、ミディアの群れ全体を壁で囲んだ。
壁は複数の層を成し、内側は低く、外側は高い。どの層からも鋭い刃が内側に向けて生えていた。ミディアが壁に体当たりをしようとすれば、その刃が体を傷付ける。
「よし!もう1丁!」
リルが壁の内側に、ゆっくりと多数の柱を生えさせる。
ミディアはその柱に邪魔をされて、行動を制限されていった。
「剣で倒そう」
「ああ、分かった」
リルの提案にハルは肯いて、手前のミディアから止めをさしていく。リルはハルの後に続いて、ハルが倒したミディアから魔石を抉り出していった。
それほど経たない内に、全てのミディアを倒した。
「立たせたまま魔石を取り出せたから、楽だったな」
「そうか」
「うん。倒してからだと、こんだけいると重なっちゃって、下になったのから魔石を採取するのは難しいじゃない」
「ダンジョンではどうしているのだ?」
「ボスだけ倒して、後は逃げられちゃうから」
「ああ、そうか。だが、今みたいに壁で囲んだりはしないのか?」
「普通こんな風に、魔力を湯水の様には使えないから」
「そうなのか?」
「ダンジョンでは何が起こるか分かんないから、普通は直ぐに退避出来る様に、魔力にも物資にも余裕を持たせて進むの」
「なるほど」
「そもそもハルみたいに、魔力が使い放題なんて、まずないしね」
「使い放題と言われると、少し気になるが」
「でも、バット系よりは魔力消費、少なかったでしょ?」
「うん?そうか?」
「魔力も時間も、全然掛かってないじゃない?」
「時間はそうだな」
「これからも、地上を来る魔獣は、こんな感じで倒そう」
「ああ、分かった」
「休憩する?私は大丈夫だけど」
「私も大丈夫だ」
「眠くない?」
「ああ」
「じゃあ先に進もうね」
そう言いながらリルは、ハルの魔力を使ってミディアを土に埋める。
「そうしよう」
ハルはまたリルを抱き上げると、肉体強化を使って走り出した。




