休息
食事が終わるとリルをまた横にならせて、ハルは後片付けを始める。
「今日はここで泊まるので良いな?」
「え?寝るの?」
リルはハルの背中に問い掛けた。
「寝ておかなければ体が保たないだろう?」
「スタンピードは良いの?」
「夜に移動するのも危険ではないか?」
そうは言ったが、リルを抱き抱えて進めば良い事にハルは気付く。やたらと夜目が利く様になったので、夜の移動も問題なさそうだった。
しかし疲れ切っている様子のリルは、しっかりと休ませたい。
「夜の間に通り過ぎるかもよ?」
その言葉にハルはリルを振り向いた。
「・・・魔獣は夜でも動くのか?」
「夜昼ないと思う」
小さく肯いて、リルがそう返す。
「魔獣は寝ないのか?」
「寝るけど、夜昼関係ないから。ダンジョンの中って真っ暗だから」
「夜の暗さでも移動する訳か」
「うん。魔力で見てるから、明るさは関係ない筈」
リルの言葉にハルは渋い表情を浮かべた。
「油断していた」
「今は大丈夫だよ?近くにはいない。探知魔法で調べてるから」
「そうだったのか」
「うん」
「済まない」
「え?なにが?」
「疲れているのに、ずっと監視をさせてしまって」
「あ、いつものクセだから。慣れてるから大丈夫」
「・・・そうか」
「でも寝ちゃうと反応が鈍くなっちゃうから」
「どのくらい鈍るのだ?」
「う~ん?ゴボウルフだと気付かないかも?イガグリズリーなら大丈夫かな?オクラットはきっと気付かない」
「クワイバーンは?」
「あれは大丈夫。バット系も1頭だと見逃すかも知れないけど、通常は群れで移動するから」
「では大丈夫だ。私が見張るから、リルは寝てくれ」
「・・・オフリーに向かわないの?」
「スタンピードが本当なら、オフリーに近付くほど魔獣の数は増えるのではないか?」
「うん。きっとそうだと思う」
「それならここでリルには疲れを取っておいて貰った方が良い」
「・・・途中の街は?」
「城壁があるし兵士もいる。冒険者達もいるかも知れない」
「そうだけど」
「空を飛ぶ魔獣がいなければ、問題はない」
「・・・クワイバーンもバット系も、既に通り過ぎて来てるもんね」
「そうだな」
「被害、出てないと良いけど」
「・・・そうだな」
ハルはリルが横になっている傍に腰を下ろした。
ハルはリルの顔に腕を延ばす。リルは顔に触れられそうになると目を閉じた。そのままハルはリルの両目を手で覆う。
「気になるだろうけれど、取り敢えず、少しでも休んでくれ」
「・・・うん」
「私はドームの外で見張っているから、何かあったら手鏡で教えてくれ」
「え?どうやって見張るの?」
「それが何故か、かなり夜目が利くんだ。星明かりでも充分に物を見分ける事が出来る」
「え?もしかして感覚強化の魔法?」
「そう言うものがあるのか?」
「うん。無意識?」
「そうだな。いつの間にか夜目が利く様になっていた」
「遠目も利くしね」
「確かに」
「それなら土ドーム、どけて」
「どける?」
「うん。その代わり、手を握って」
リルはハルに手を差し出した。
「うん?リルの手を握ってどうするのだ?」
「もしかしたらハルの感覚強化の魔法の影響で、私の探知魔法も強化されるかも知れないから」
「そんな事があるのか?」
「分かんないけどね」
ハルがリルの手を握ると、リルはハルの手を両手で包んだ。
「ハレンチ」
「ふっ。そうだな。抱き抱えて運んだり、私達はかなり破廉恥だ」
「でも、こうやってると、なんだか安心出来るんだ」
「・・・そうか」
ハルはもう一方の手を延ばして、リルの髪を撫でる。リルは目を閉じた。
「それなら、安心したまま眠ってくれ」
「ひと眠りしたら、見張りを交代するね」
「・・・ああ。頼りにしている」
ハルは片手をリルの頭からなぞりながら背中に移す。リルは身動ぎをして、ハルに躙り寄った。
「うん」
ハルは見張りの為の視界を確保する為に、音を立てない様に静かに土ドームを開放したけれど、それに気付いてリルは光魔法を解除する。
リルは目を瞑ったまま眼球を動かしていたが、ハルが背中を優しく摩ると、ハルの手を握った両手を胸元に寄せて微笑んで、体の力を抜いた。暗闇でもリルの微笑みが見えたハルも微笑みを浮かべ、それから真剣な表情に変えて視線を挙げると周囲の監視に入る。
監視しながらもハルがリルの背を摩ると、リルは間もなく寝息を立てた。




