弱さ、強さ
ハルを叩いていた手をリルは急に止めた。そして視線を遠くの一点に向ける。
「どうしたのだ?」
ハルの質問にリルは「魔獣」と端的に答えた。リルの視線の先をハルも目を凝らして見てみる。
「見えないな。丘の先か?」
「うん。たぶんウリボアかな?」
「ウリボア?」
「うん。そう言う魔獣。1頭の様だけど、やっぱり外だと小さいみたい」
「取り敢えず向かうか」
「うん」
そうリルが返すと、ハルはリルの先に立って歩き始めた。
リルはハルがリルより前を歩きたがる事に小さく溜め息を吐く。それから遅れない様に、ハルの後ろを付いていった。
しばらく歩くと唸り声らしきものが2人の耳に届く。
「これがそうか?」
一旦足を止め、リルを振り返って声を落としながらハルが尋ねる。
「うん。でも、小さいけど子供じゃなくて成獣みたい。キバに気を付けてね」
「ああ」
ハルは音を頼りに進もうとするけれど、後ろから手を伸ばしたリルに、進行方向を変えられた。
「お尻側に回ろう」
「分かった」
ハルはそう返すと、リルの誘導に合わせて丘を回り込む。
丘の先には、肩高がハルの身長より高い魔獣が、鼻先で地面を掘り返していた。
袖を引かれてハルが振り返ると、リルが立てた人差し指を唇に当てていた。
そして音を立てない様にリルはその場にしゃがみ込む。ハルもその隣にしゃがんだ。
リルが指で地面にウリボアの絵を書く。そこに矢印を書いて、文字で弱点と書き足した。
ハルが肯くのを確認するとリルも肯き返し、今度は美味しい部位を書き足す。笑い声を立てそうになったハルは、なんとか肩を2回揺らしただけで堪えた。
それから2人は筆談で、作戦を決めた。
音を立てずにハルが立ち上がる。その隣でリルは両膝を突いて、片手は地面に付け、もう一方はハルの脚に触れた。
リルはハルの脚を軽く2回叩き、3回目には弾む様に叩いた。それを合図にリルとハルは同時に魔法を使った。
リルは土魔法で、2人とウリボアの間に罠を作る。ウリボアの脚を土で覆い、走り出す時の勢いを殺させる。そしてウリボアの足先がすっぽりと入る穴も、多量に開けた。
ハルは礫を作り、ウリボアの眉間を狙う。ウリボアの体は硬いと言うので、礫も硬く作った。
リルとハルの魔力を感じて、ウリボアが振り向く。
足が取られているウリボアは、振り向いただけでバランスを崩し、転びそうになった。
ウリボアが足下の土を蹴散らすが、リルがウリボアの脚を再び土で覆う。それを更に蹴散らして、ウリボアは2人を目掛けて走り出す。
ウリボアは、リルの開けた穴を巧みに避けて加速する。
しかし2人に辿り着く前に前脚を捕られ、ウリボアは鼻先を地面に打つけた。リルが手前の土をふかふかにしていたので、ウリボアが脚を突いた途端に深く沈み込んだのだった。
前進を停めたウリボアが差し出す額を狙って、ハルは礫を撃つ。礫はウリボアの体を貫通し、尾を千切り飛ばした。
「罠、要らなかったね」
リルはそう言いながら立ち上がり、ウリボアに走り寄る。ハルも後を追った。
リルは土魔法でウリボアの体を持ち上げて横倒しにすると、その胸にナイフを突き入れて魔石を取り出す。
「後は肉の確保ね」
そう言ってウリボアの体の解体を進めるリルの姿を見て、レントは「くっくっくっ」と笑い声を上げた。
「どうしたの?」
振り返るリルにハルは「いや」と返し、自分も解体作業を始める。
「俺はウリボアを見て緊張をしていたのだが、リルは普段通りなのだなと思ったら、笑いが込み上げて来てしまった」
「ハルはウリボア、初めてだもんね」
「ああ」
「私はダンジョンでさんざん相手して来て慣れてるし、それに外だとやっぱり、ダンジョンのウリボアより小さくて弱いからね」
「リルはそう言うが、決して弱い訳ではないだろう?」
「でも、ハルの一撃、たぶんさっきのの1割の威力でも倒せたよ?」
「そうかも知れないが」
「もう二三度狩れば、手加減を覚えられるよ」
「そうかも知れないが、この先にもウリボアがいるだろうか?」
「本来ならこの辺にはいないんだよね?」
「ああ。その筈だ」
「なんでだろう?でも、ウリボアくらいなら危なくなく倒せるから、良いのかな?」
「一般人にも倒せるのか?」
「う~ん?冒険者なら倒せる筈だけど、一般人ってどれくらい強いの?」
「それは分からないが、倒せるかどうかは一般人の強さに拠るか」
「そうだね」
リルはそう言うと、考える事に気を取られて止まってしまっていた手をまた、動かし始めた。




