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旅を再開

 寝不足で先に進めなかった土ドームでの5日間に付いて、リルもハルも無為に過ごしていた訳ではない。

 2人はハルの冒険者教育のおさらいをした。


 冒険者の常識は一通り、リルからハルに教え終えている。そして森に現れる魔獣を倒しながら、ハルはその理解を深めていた。

 しかし所詮は付け焼き刃のインプットなので、あちらこちら知識の不足がハルには現れている。それなので改めてリルが冒険者教育を行う事で、ハルの知識を補っていった。


 その裏で、リルもハルも改めて口にする事はなかったけれど、この先2人で生きていくに当たって、冒険者を本職とする可能性もある事を考えていた。


 そしてハルの口調も、冒険者らしく矯正していった。

 とは言っても元々のハルの口調がぶっきら棒とも受け取れるものなので、取り敢えずは一人称を「俺」に変えてみた。

 リルと出会った頃のハルも「俺」を使っていたが、何かあると直ぐに「私」が出ていたので、これまでは「私」で構わないとリルがハルに言っていた。

 それをいついかなる時も、急に魔獣が現れて慌てた様な時も、リルと甘い雰囲気になって我を忘れそうな崖っぷちに立つ時も、ハルが「俺」を使う様にリルが厳しく指導する。もちろん急な魔獣の出現も、2人の間の甘い雰囲気も、リルの仕込みだった。


 そして2人は、冒険者夫婦を装う為の特訓も熟していた。

 そしてその成果として夫婦を名乗っても、2人とも照れずにいられる様にまでなっていた、筈だった。



「考えてみたら、せっかく決めた夫婦役をやらずに別れるとこだったよね?」

「先日、ここに立った時の事だな?」


 リルとハルは、リルが別れを口にしたけれど、戻って土ドームに籠もる事になった場所に立っていた。


「うん。こないだ、ここに立った時ね?」

「こないだ。こないだか」

「うん。こないだ」

「それは、ズーリナ聖国やイザン工国の言葉ではないだろうな?」

「え?・・・違うと思うけれど」

「同じ様な言葉で、この間と言うのを聞いた事がある」

「あ、そうか。それそれ。このあいだ、だね。こないだはデメースの言葉かな?」

「なるほど。逆にデメース神国出身の冒険者を名乗る時には、こないだを使った方が良いのだな」

「名乗っちゃうと色々大変だから、使うなら臭わすくらいかな?」

「臭わす?」

「うん。自分では名乗らないけれど、相手にはデメース出身と思わせたい時ね」

「なるほど。臭わすか」

「それと、デメース、ズーリナ、イザンね?国は付けない方が、冒険者っぽい」

「なるほどな。気を付けよう」

「うん」


 この様な感じで、リルからハルに細かい指導が入っていた。

 その間にはリルから冒険者の常識の追加があったり、ハルから情熱的な囁きがあったりしたけれど、とにかく2人は意識して会話をする様にして、夫婦らしい距離感を作り出そうとしていた。



 2人が街の近くまで来ると、城門の前に大勢の人が集まっていた。


「どうしたんですか?」


 集まっている一人にリルが声を掛ける。


「街の中に入れないんだ」

「え?どうして?」

「それが、人が大勢避難して来ていて、街中に人が溢れているらしくて」

「避難?」

「何があったのだ?」


 ハルが口を挟むと、回りの人達も説明しだした。


「どうやら近くに魔獣が出たらしいんだ」

「魔獣?」

「それで避難したのか?」

「ああ」

「この辺りの魔獣は弱いのではなかったか?」

「弱いって、あんた」

「そりゃあダンジョンに比べたらだろう?」

「弱いって言ったって、危険なのには変わりないじゃないか」

「どんな魔獣が出たか分かりますか?」

「いやあ、街に入れなくて、ここで初めて聞かされたからな」

「誰か、魔獣の種類を知ってますか?」

「この辺りに出るならミディアじゃないのか?」

「ミディア?」

「ああ。何でも近くの群れを束ねるボスが討伐されたって言うし」

「ああ。ボスがいなくなって、統制が取れなくなってるのか」

「そうかもな。そうでなければ、こんな人里近くに現れる事はないだろう」

「人里って言うか、この先の街道に現れたんだろう?」


 リルとハルは顔を見合わせた。


「どうする?」


 耳元でそう囁くリルにハルは小首を傾げ、耳元に囁き返す。


「どうするとは、群れを討伐するかどうかか?」

「うん」

「俺がリルに習った常識だと、ボスを倒した事に自責を感じる必要はない筈だが?」

「それは合ってるし、申し訳ないとも悪い事をしたとも思ってないけどね?そうじゃなくて、倒したとして、群れだと素材を街に運び切れないかなって思うから」

「街の人を助けようとかではないのなら、前回の様に、1頭倒せば群れは逃げるのではないか?」

「そうね。全部倒さなくても良いなら、それでいこうか?」

「ああ」


 囁き合うリルとハルに注目していた人々が、肯き合った2人に声を掛ける。


「今、倒すって言ったのか?」

「あんた達が?」

「あんた達、冒険者なんだな?」

「ミディアだぞ?倒せるのか?」

「群れでいたりすればやっかいだぞ?」

「はぐれミディアも気が荒いけどな」


 話し掛けられて人々を見て、それから2人はまたお互いを見て目を合わせ、肯き合うと人々を振り向いて、リルが人々に答えた。


「ミディアは倒した事があるし、ダンジョンのミディアも倒せるから、大丈夫です」

「ダンジョンの?」

「ダンジョンのミディアって、何倍もデカいんだろ?」

「何倍も強いって言うし」

「ええ。でも、私の夫なら大丈夫」


 そう言って強く肯くリルの隣で、不意討ちで夫と呼ばれたハルの挙動が怪しくなる。顔は赤くなるし。


「いや、奥さんは自信満々だけど、旦那は大丈夫かい?」

「奥さん、あんまり旦那に無理させちゃダメだよ?」

「ああ、そうだよ。こんな優男、直ぐに逃げられちまうよ?」


 周囲のおばちゃん連中が笑う。ハルはムッとして、おばちゃん連中を睨んだ。リルがハルの腕に手を当てる。


「私の方が冒険者歴長いから大丈夫。夫が逃げても捕まえられるからね?」


 そのリルの言葉にハルはもう少し赤くなり、回りの人達は声を上げて笑った。

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