取り敢えずの方針
「私から、お願いしても良い?」
リルはハルの胸から顔を離し、ハルを見上げてそう言った。
「ああ、もちろんだ。リルの望みを教えてくれ」
「ハルはお父さんに会って、生きてる事をちゃんと伝えて」
「それは、私の世界でリルも一緒に生きて貰えると言う事か?」
「それは、約束出来ないけれど」
「それならその願いは叶えられない」
「でも!お父さんは絶対にハルの事を待ってるし、絶対にハルに会ったら喜ぶよ?」
「そうだとしても、リルと別れる事は出来ない」
「でも・・・」
「リルが私と父の事を大切に思うからこそ、そう言ってくれているのは分かっている」
「だったら・・・」
「手紙は送ろう。それで充分だ」
「そんな・・・会わないなんて」
「もし父が私の立場でも、私と同じ行動を取るだろう」
「責任を放棄して?」
「それを言われると辛いが、母との婚約解消に抵抗し、母を第二夫人に迎える事に尽力した父なら、分かってくれる」
「でも、私なんかの為に」
「私なんかなどとは言わないでくれ。それにリルの為ではない。責任放棄は私自身の為だ。言っただろう?私がリルを好きなのも、私の為だ。リルに私を好きになって欲しいのも、私の為だ」
「責任とかと、レベルが違うじゃない」
「確かに次元が違うかも知れない。しかし、私には私よりも望まれている弟がいる。確かに責任放棄ではあるが、混乱を避ける為の辞退でもあるのだ」
「ハルが跡を嗣ぐと混乱するの?」
「ああ」
「それでも、お父さんに会って、それから辞退する方法もあるんじゃないの?」
「混乱を望む者もいるのだ。だからこそ混乱が生じる。それを避ける為には、私はこのまま消えた方が良い」
「・・・私がハルの世界で生きるなら、ハルは跡を嗣ぐの?」
「もちろん、リルが望むなら」
「それは混乱をもたらさないの?」
「いかなる手段を使っても、敵対する相手は捻じ伏せるから大丈夫だ」
「え?全然、大丈夫に聞こえないんだけど?それってお父さんの正妻さんは?」
「その時に正妻がどうなるかだろうか?」
「うん」
「失脚させる事になる」
「失脚?お父さんと離婚とかではなくて?」
「離婚はかなり難しい。父を離婚させたら、私に余計な縁談が持ち込まれる事になりそうだ」
「え?そうなの?」
「もちろん断るし、リルが父と正妻の離婚を望むなら、余計な縁談の目を全て潰せば良い」
「なんか更に物騒なんだけど?」
「まあ、穏便にとはいかないが、大丈夫だ。後腐れはなく出来る」
「大丈夫じゃないよ。お父さん、離婚して貰わなくて良いから」
「そうか」
「うん。でもそうするとハルの弟さんも失脚?失脚ってなんだか分かんないけど」
「弟は、穏便に済むのなら婿に出すあたりだ」
「穏便に済まなければ?」
「済まなさに拠るだろうな」
「・・・ねえ?ホントにそんな事出来るの?」
「もちろんだ」
「それならなぜ、今はそうなってないの?」
「それは、弟が跡を嗣ぐ事を望む者が多いからだ」
「それってつまり、その人達はみんなハルの敵って言う事でしょう?」
「3割程度はそうだが、私が力を付ければ、残りの7割は私の味方に付かせる事は出来る」
「その時に、3割の人は失脚って事ね?」
「そうだ」
「それが混乱と言う訳ね?」
「ああ、そうだ」
「7割の人も、ハルの良さを分かって支持するのではなく、ハルが正妻さんに勝ったからハル側に付くって事なのね?」
「ああ」
「そうか・・・だからハルは、お父さんに会わないって言ってるのね?このまま死んだ事にしておくって」
「ああ、その通りだ」
リルは回している腕に力を込めて、ハルの体を抱き締めた。
「ハル?」
「何だろうか?」
「少し時間をちょうだい」
「構わないが、何に付いてだ?」
「ハルとどうするか」
「それは私とリルの将来に付いてと言う事か?」
「うん」
「もちろんだ。リルの答えをいつまでも待とう」
「うん」
「ただし、リルからは離れないからな?」
「答えが出るまでは仕方ないけど」
「仕方ない?」
「それで、取り敢えず、王都を目指そうよ」
「まあ良いが、取り敢えずとは?」
「王都に着くまでに、考えを纏めてみる」
「私を父に会わせるか、死んだ扱いのままにするかだな?」
「うん。それとか、色々」
「分かった。構わない」
「それで答えが出なかったら、王都の手前で時間を掛けても良い?」
「ああ、もちろん良いとも。何だったらリルの答えが出るまで、イザン工国でもズーリナ聖国でも、リルに縁のある場所や、リルが行ってみたい土地を巡りながら、時間を過ごすのでも良いのではないだろうか?」
「良いの?」
「もちろんだ。ただし、私はリルから離れないからな?」
「なんだろう?そう言われるとなんか、嬉しいより怖いんだけど?」
「それは先程の混乱に関する話が、物騒だと受け取られた影響だろうか?」
「・・・そうかもね」
リルは上手く説明できる気がしなくて早々に諦めると、小さく溜め息を吐いてそう答えた。
取り敢えずの方針として、リルとハルは王都を目指す事が決まった。
そしてその日はその土ドームに泊まり、翌日は王都に向かう為の街を目指す事にする。
しかしその夜、2人ともなかなか寝付く事が出来ず、寝不足で出掛けるのは危険なので、出発は延ばす事になった。
そして寝付けない事がお互いの気持ちを口にし合った興奮からだったりすれば、それが1日2日で収まる筈もない。
この様な事があった為、リルとハルが街に着いたのは、それから5日後だった。




