表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
働き過ぎは、聖女になりますので、ご注意下さい  作者: 茶樺ん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/189

ヘリクツ

「湿っぽくなっちゃって、ゴメンね?」


 ハルの胸からリルは顔を上げた。ハルは腕の力を緩め、リルの顔が見える様に二人の体の間に隙間を作る。


「いや」

「笑って別れようと思ってたのに」


 ハルと目が合うとリルは、口角を上げて微笑みを見せた。


「リル」


 ハルの呼び掛けに応えずに、リルはまた顔を伏せる。

 ハルはリルの体を抱き寄せた。リルの額がまた、ハルの胸に付く。


「リル?やはり、一緒に王都に、来てくれないか?」


 ハルはそう問い掛けて待つけれど、リルは答えない。


「君がイザン工国に行くと言うなら、手伝わせて欲しい」

「・・・恩返しはいらない」


 くぐもった声で返したリルに、ハルは「違う」と首を振る。


「そして、イザン工国での目的を果たしたら、帰って来て欲しい。そう、これは恩返しではなくて、私の我が儘だ」

「・・・帰って?」

「ああ。私が同行するのが嫌だと言うのなら、何年でもこの国で待つから、帰って来て欲しい」

「・・・帰って来て、どうするの?」

「その時にリルにやりたい事があったなら、その実現を手伝わせてくれ」

「・・・やりたい事がなかったら?」

「この国で良ければ、ノンビリと過ごして欲しい」

「・・・この国じゃイヤなら?」

「他の国で暮らす手助けをしよう」

「・・・恩返しに?」

「違う。私の我が儘だ」

「でも、私にそんなにしてくれようとするのは、私を恩人だと思ってるからでしょ?」

「違う。恩返しは、私がリルを忘れる事だろう?」

「でも、忘れてないじゃない」

「リルに向かって我が儘の限りを尽くし、私の気が済んだなら恩返しをするよ」


 リルは笑う様に、ふっと息を漏らした。


「ダメじゃない」

「いいや、駄目ではない。別れたら忘れる約束だろう?それまで別れないのだから、駄目ではないよ」

「ヘリクツ」

「そう思われても仕方がない。だが、充分に理屈は通る」


 リルは良いとも駄目だとも答えない。

 その代わりにハルの胸に頬を付け、ハルの体に腕を回して両手で腰に触れた。

 そのまま動かずに、しばらくしてから「ふふ」と息を漏らして口角を上げる。


「・・・どうしたのだ?」

「これはハレンチじゃないの?」


 リルの問いにハルも、ふっと息を漏らした。


「破廉恥極まりないな」


 ハルのその答えにリルはもう一度「ふふ」と息をもらすと、ハルの背中にまで腕を回す。ハルもリルを抱く腕の力を少しだけ強めた。リルは頭を動かして、ハルの胸に顔を埋める。



「夜中に目を覚ました時に、両親が抱き合っているのを見る事があったの」


 リルの言葉に反応して体に無意識に力が入ったけれど、リルを抱く強さは変わらずにいられたので、ハルは安堵してから体の力を緩めた。


「私の両親は、怪我人や病人を治療したら、見送るまでは仲が良いの。でもね?二人だけになったら途端にケンカしたりする事があったわ」

「うん?ケンカと言ったのか?」


 ハルは首を傾げる。先程の言葉から甘い場面を想像してしまっていたので、ケンカと言う単語を聞き間違えたかと思った。


「そう、大ゲンカに発展する事もたまに」


 ハルの中で、夜中に男女が抱き合う姿が、男女の取っ組み合いに切り替わるが、途端にイメージが不鮮明になる。どうにも上手く、想像できない。


「治療中に治療方法を相談したりするけど、それは冷静に遣り取りをしてるの。患者を不安にさせない様にね。でも患者が帰ったら、あれはこうした方が良かったとか、いいえやっぱりこうよとか、意見交換から議論になって、口論になる事もあったから。いつもこう言ってるだろうとか、あの時こう言ったでしょとか」

「父君は薬師で、母君は治療師だと言っていたな?」

「うん。でもお父さんも自癒魔法を使ったり、お母さんも薬を調合する事があったから」

「自癒魔法?」

「うん」

「この国で言う治癒魔法の事か?」

「え~と、治癒魔法には二種類あって、患者の魔力を使う自癒魔法と、治療師の魔力を使う治療魔法があるから」

「そうだったのか」

「うん。それで、お父さんは治療魔法は使えなかったの。お母さんは両方使えたけど」

「リルは?」

「私?両方使えるけど?」

「普通はそうなのか?」

「普通?・・・どうだろう?普通、ヒーラーが使うのは自癒魔法だと思う。魔獣との戦闘中にヒーラーが魔力を失ったら、ただの足手纏いになるからね。治療魔法を使うのは見た事がない」

「そうか。そうだな」

「うん。だから両方使えるのか、自癒魔法だけなのか、どっちが普通かは分からないな。神殿の神聖魔法は治療魔法に似てるけど」

「似ている?似ていると言う事は、違うのか?」

「だって神官本人の魔力ではなく、神様の神力を使うんでしょ?」

「あ、ああ、そうなのか。なるほど」


 ハルは一旦肯いてから、首を捻る。


「リルは神力も見えるのか?」

「神聖魔法も、神官から放たれる時にはもう、魔力になってるから」

「そうか」


 リルはハルの腕の中で、「うん」と肯いた。

 リルが頭を動かした事で、ハルは状況を思い出す。


「申し訳ない。リルの話の腰を折ってしまった」


 リルが顔を上げて、微笑みをハルに向ける。


「ううん。気になったら知りたい(たち)だもんね?」

「いや、まあ、その、申し訳ない」

「申し訳ないなんて、そんな事ないよ。でもハルが自分でそう言ってたけど、その通りだよね」

「だが、その所為で、話を逸らしてしまった」

「ううん。私の話に興味を持ってくれたって事でしょ?」

「そう、なるのか?」

「違うの?」

「いや、リルの話はいつも興味深いし、リルとの会話はいつもとても楽しい」

「そう?」


 リルは小首を傾げた。そのリルの様子に、ハルは無意識の笑みを向ける。


「ああ」

「なら良かった」


 リルは少しはにかんだ様な笑みを浮かべた。そのリルの表情に、思わず強く抱き締めようとする情動を感じ、ハルは深い呼吸を一つして、自分を抑えた。


「ああ。だが、また、話題が逸れたな」

「ふふ。そうね」

「申し訳ないが、続きを聞かせてくれ。御両親のケンカが気になる」

「ふっ、そうね」


 リルはまたハルの胸に顔を埋める。

 慣れている筈のリルの匂いに、ゴクリと喉がなってしまったハルは、自分の感情が乱れるのを抑えようと、奥歯を強く噛み締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ