別れられない
リルはハルの両手を取った。
「ハル?ここで、別れましょう」
リルのその言葉にハルは、苦笑いを向ける。
「これまでにもこんな遣り取りはあったが、何故だろうか?私には、リルと別れる事が出来る気がしない」
「え?なんで?そう言う約束でしょ?」
上目遣いで眉を寄せるリルに、ハルは軽く目を閉じて首を小さく左右に振った。
「約束は確かだが、そんな気がしないのだ」
「でも・・・」
「リル?」
「え?なに?」
「山を回って行くと行ったが、ズーリナ聖国を通って行くのか?」
「うん、たぶん」
「念の為に聞くが、ズーリナ聖国からイザン工国に入る算段はあるのだな?」
「うん?あるけど?え?算段って?」
「ズーリナ聖国とイザン工国の関係は良くないだろう?」
「そうなの?」
目を見開くリルに、ハルは「ああ」と頷く。
「だから、リルがイザン工国の関係者なら、先ずズーリナ聖国への入国に手間取るかも知れない」
「そんな・・・」
「・・・知らなかったのだな」
「・・・うん」
「リル」
ハルはリルの両手から自分の手を引き抜き、逆にリルの両手を握る。
「私なら手助け出来るが」
「あ、でも、私の母はズーリナの生まれだから」
「そうなのか」
ハルがリルの手を握る力が緩んだ。
「うん」
「母君がズーリナ聖国出身で、父君がイザン工国出身などとは物語の様だが、ズーリナ聖国での頼る先もあるのだな?」
「・・・ううん」
リルの様子にハルは眉根を寄せた。
「親族はいないのか?」
「分からない」
ハルの口角が下がる。
「・・・そうか」
「・・・うん」
リルの両手を握るハルの両手に少し力が籠もった。
「私なら手助け出来ると言ったが、その為には王都まで来て貰わなくてはならない」
「でも、それは」
「ああ。リルがそれを望まない事は分かっている」
「せっかく教えてくれたのに、ごめんね」
「謝る事はない。だがそうなるとリルは、この国の生まれと言う事か?」
「・・・なんで?」
「いや、今更だが、どこの生まれなのか、教えて貰えないだろうか?」
「・・・どうして?」
「リルが知らない、リルに必要な情報を伝えられるかも知れないと思うのだが、どうだろう?」
「でも・・・」
「聞いても別れたら、忘れる事を約束する」
「でも・・・良く分からないの」
「分からない?・・・少なくとも、この国ではないのだな?」
「たぶん」
「そうすると、この国に来る前はどこにいたのだ?」
「それは・・・」
「もし国の名前が分からないなら、街や村の名前でも良い」
「・・・もうなくなってしまった国だけど」
ハルの体の力が抜ける。リルの手を握るハルの両手も緩んだ。
「デメース神国か」
「・・・うん」
「デメース神国の出身だと、リル。イザン工国もズーリナ聖国も入国は不可能に近いぞ?」
「え?なんで?」
「それはイザン工国でもズーリナ聖国でも、デメース神国が滅んだのは神の怒りに触れたからと言われているからだ」
「そうなの?」
「神の怒りが事実かどうかは別として、両国ともデメース神国からの難民を受け入れてはいない」
「難民?」
「リルはデメース神国人なのか?」
「え?・・・どうだろう?」
「どうだろう?デメース神国の前は別の国にいたのか?」
「・・・分からない。物心付いたのはデメースのタヤだけど」
ハルは両手でリルの二の腕を押さえる。
「タヤ市?」
「うん。知ってるよね?」
「ああ。デメース神国滅亡の切っ掛けとなった、スタンピードの発生したダンジョンがあった場所だ」
「うん」
「まさか、スタンピードの時も?」
「直前までいたわ」
「直前?」
「うん。神殿とトラブルになって、デメースを出てからスタンピードの事を知ったの」
「ああ、そうなのか」
リルの二の腕を押さえるハルの力が緩んだ。
「それで、戻ろうとしたら、スタンピードに巻き込まれて」
ハルは先程までより強く、リルの二の腕を押さえる。
「戻ろうとした?」
「うん。この国は聖女様に守られてるから、国境まで戻って、あ、父は薬師で母は治療師だったから、そこでデメースから逃げて来る人達を治療しようとしたの」
「だが、あのスタンピードでは」
リルの二の腕を押さえるハルの力がまた緩んだ。
「うん。魔物には国境なんて分かんないものね」
「いや・・・」
ハルは苦い表情を浮かべる。
「それで魔物が国境を越えて来ちゃったから、私達も他の人達と一緒に逃げたんだけど、両親とは逸れてしまって」
そう語りながら、リルの視線は少しずつ下がって行った。
ハルも視線をリルから下げた。
「そうだったのか・・・」
ハルはふと顔を上げ、リルの両肩に両手を置き、少し押して、リルに頭を上げさせる。
「もしかしたら御両親の消息は、調査できていないのではないのか?」
リルは、ハルの胸に手を当てて押し、体を離しながら背中を丸めて顔を少し伏せると、頭を小さく左右に振った。
「手鏡、あったでしょ?あれで呼び掛けても反応がないし、向こうからも呼び出して来ないし・・・」
リルの擦れた声に思わずハルは、リルの背中に片手を回して、リルの体を引き寄せる。リルの額がハルの胸に触れた。
「・・・御両親は手鏡を作れるのだな?」
「うん。私に作り方を教えたのは両親だしね。もし失くしてても、作って連絡をして来てくれると思って、わたし・・・」
ハルはリルの頭を抱いて、リルの顔を胸で受け止めると、木々の枝葉の間から空を見上げ、目を瞑った。




