少し待って
拠点を出てしばらく進んだところで、前を歩く男ハルが足を止めた。それに気付いたリルは、ハルの横に並んでハルの視線の先を追う。しかしリルには何も見えなかった。
リルは辺りを探知魔法で調べて、魔獣や人の気配がない事を確認すると、ハルを見上げた。
「どうしたの?」
小声でそう尋ねるリルを一瞬見てから視線を戻すと、ハルは木々の間から見える山の方向を指差した。
「あれは何だろう?」
「どれ?」
「あの飛んでいるやつだが、あれも魔獣なのか?」
「飛んでる?どこに?」
「ほら、あの山の上を何かが飛んでいるだろう?」
「え~?山の上って、あの山?」
リルが指差す山を確認して「そうだ」とハルは肯く。
「鳥にしては大きいが、鳥の魔獣なのだろうか?」
「ダメ。見えない」
そう言うとリルは傍の木の枝を折り取って、山に向けて構えた。枝先が視界に入ったハルは、リルが攻撃するのかと思って素早くリルから離れ、雷魔法に感電しない体勢を取る。
しかしリルが使ったのは、探知魔法だった。
「きっとクワイバーンね」
「クワイバーン?あれが?」
「うん。良く見えるわね?あんな遠いの」
「ああ。最近、目の調子が良いのだ」
「ちょっと、調子が良いレベルを越えてるけど、羨ましいわ」
「どうする?狩るのか?」
「あんなに遠くては狩れないでしょ?」
「そうか」
「クワイバーンは狩っても食べれるとこが少ないし、強さの割に魔石も小さいし、素材にはなるけど、襲われない限りはスルーね」
「襲って来るのか?」
「うん。一瞬だけ、魔力を全開にしてみて」
「え?全開?」
「そう。一瞬だけね。クワイバーンを良く見ながらね?」
そう言うとリルはまた枝を構え、探知魔法を使う。
ハルはほんの一瞬だけ、魔力を全て解放した。
「うん?クワイバーンがこちらを向いたぞ?」
「うん。強い魔力を感じると、エサだと思って襲って来るの」
「それは、大丈夫なのか?」
「うん。ほら、もう、ハルを見失って、向きを戻したでしょ?」
「本当だ」
「でも、襲われても、ハルなら問題なく倒せるけどね」
「そうだろうか?」
「魔力量、また増えてるし」
「そうなのか?」
「そうなのよ。まだ満杯になってないって、どんだけなの?」
「まあ、多い分には困らないのだろう?」
「困らないって言うけど、コントロールが難しいでしょ?」
「なるほど」
「なるほどって・・・普通は難しいの、普通は」
そう言うとリルは、先に歩き始める。
ハルは木々の間からクワイバーンの姿を目で追いながら、リルの後を歩いた。
街の近くで森から出ようとする時に、リルがハルを止める。
「少し待って?」
「どうしたのだ?」
小声でそうリルに尋ねてから、ハルは周囲に視線を巡らせた。
「考えてみたら、街に寄る必要、なくない?」
小首を傾げてそう言うリルをハルは見て、小さく1つ肯く。
「確かに、余り魔獣がいなかったから、荷物も増えてはいないが」
「王都に近付くにつれて、魔獣は弱くなるし、数も減るんでしょ?」
「そうだな。そう聞いている」
「だってハル、魔獣を見た事がなかったのよね?」
「ああ。リルに助けて貰ったあの日に、初めて魔獣を見たのだから」
「この先、魔獣で稼げないとなると、宿代とか、お金足りる?」
「そうだな。足りるのかどうか、正直なところ、分からないが」
「三流の宿でも王都に近付くと高くなるらしいから、一流もきっと同じよね?」
「一流の宿に泊まるとは限らないが、冒険者は普通、資金が足りない時はどうするのだ?」
「そうね・・・ハルなら土魔法でビンやお皿を作って売れば、大丈夫ね」
「なるほど。あれなら元手はタダだし、魔力が保つ限りいくらでも作れるな」
「魔力が保つ限りなんて、ハルの場合は心配要らないけど。でもそれなら、私がハルと一緒に王都に行かなくても、良いよね?」
「・・・それは、何故?」
「だって、もし私を追ってる人間がいるなら、ハルを巻き込むかも知れないし。今更だけど」
「ああ。確かに今更な気がする」
「でも、この先は森がなくなるんでしょ?そしたら街に泊まらなくちゃでしょ?そしたら私を追って来る人に見付かる可能性が上がるじゃない」
「そうだとしても、リルの追っ手は魔獣より強いのか?」
「え?追っ手?・・・どうだろう?冒険者なら魔獣より強いかも?魔獣に拠るけど」
「それなら私と比べたらどうなるだろうか?」
「それは相手の人数に拠るわよ」
「たとえ何人でも、リルの事は私が守る、と言うのはどうだ?」
「・・・でも、私ならこのまま街に入らないで、山の方を通って行けば、隠れながら魔獣を狩りながら進めるし」
「山の方を回るのでは、かなりの遠回りになるではないか?」
「そうだけど、別に構わないから」
「うん?父君がイザン工国で待っているのではないのか?」
「あ、ううん。私の両親はもう亡くなってるから」
「え?そう、なのか。それは気が付かずに、申し訳ない」
「言ってないんだから、仕方ないわ」
「それではもしかして、許嫁が待っているとかなのだろうか?」
「え?許嫁?イザンに?なんで?私に許嫁とか恋人とかいるなら、とっくにそっちに向かってるから」
「そうなのか?」
「そうなのよ。ここからだって、馬にでも乗って、急いで向かうわ」
「そうだった。リルは馬に乗れるのだったな」
「うん」
「それなら馬を手配するか?」
「ううん。歩くのに飽きたら、自分で手に入れるから大丈夫」
「そうか。だが、山側から行くとイザン工国まで辿り着くには、かなりの時間が掛かるのではないか?」
「まあ、父の故郷を見てみたいだけだから、途中で気が変わるかも知れないし」
「そうか」
「うん」
「待っている人がいないのなら、国境まで私が付いていっても良いだろうか?」
「え?ダメよ」
「そうか。駄目か」
「だって、ハルは、そこそこ偉いんでしょ?」
「ああ、まあ、そうではあるが」
「だったら色々と、責任とか、あるんじゃないの?」
「だが、私は死んだ事になっている」
「そう言う話だけど、ホントかどうか、分かんないでしょ?」
「死んだと言う扱いがか?まあ、絶対にそうだとは言い切れないが」
「でしょ?それにハルが生きていると分かったら、喜ぶ人もいるんじゃない?」
「・・・そうだな」
「私には、ハルが死んで喜ぶ人がいるって方が、信じらんないもの」
「確かに、生きて帰れば喜んでくれる人間が1人はいるが」
「そうなの?そしたらその人は、ハルが帰って来るのを待ってるわよ」
「死んだと思っていたら、待っているとは思えないが」
「大丈夫。きっと待ってる。ハルが生きてる事を信じて、絶対にきっと待ってるから」
ハルはリルの言葉に苦笑する。
ハルの常識で考えると、既に死亡したと扱われている筈だった。生きて帰って喜ばせたいが、既に諦められている筈でもあった。
しかしリルの言葉を聞くと、待ってくれている様に思えて来る。
そう感じられたハルは、リルに向けて自然と微笑みながら、「そうだな」と応えた。




