今の気持ち
リルの言う事に男は納得はしたが、ふと目を細めてリルを見た。
「しかしそれなら何故、あの場で直ぐに私に教えてはくれなかったのだ?」
「彼女達に狙われてるかも知れない事?」
「そうだ。私を放って君は、男達の方に行ってしまっていたではないか?」
「あなたが彼女達と行く事を選ぶかも知れないと思って」
男は更に目を細め、眉根も寄せる。
「・・・それは、一体どう言う理屈なのだ?」
「だって、私達が2人連れって彼女達に答えてたし」
「いや、今の話でそれが危険な事は理解したが、私はあの時点ではそうだとは分かっていなかったのだからな?」
「うん。でも私もあの時点では、あなたが危険性を認識してないって思わなかったから」
「だからと言って、2人かどうか訊かれただけで何故、女性達と同行する話になるのだ?」
「だって・・・」
「・・・だって?」
「彼女達、女性らしかったし」
男が小首を傾げた。
「女性らしかった?・・・髪型の事か?」
「髪型だけじゃなくて、スタイルもよ」
「スタイル・・・?」
「顔も美人だったじゃない?」
「顔?・・・そうだっただろうか?」
「・・・普段のあなたの周りには、よっぽど美人で女性らしい人ばかりなのね?」
「確かに」
「え?やっぱりそうなの?」
「ああ。女性らしさの厳密な定義があって、それに合致する女性は多い。皆、それを目指して育てられるからな」
「・・・私が言ってるのと、微妙にズレてる気がするけど」
「君は先ほど、冒険者は仕方ないでは済まないと言ったが、私と君とで常識が違うのは仕方がないのではないのか?」
「まあ、そうだけどね」
「だから私達は良く話し合っているのだし、この反省会もその為だろう?」
「そうね。そうだった」
そう肯くリルに男は「それで?」と問い掛ける。
「それで、あなたは私とよりは、彼女達と王都を目指した方が良いかなって思って」
「・・・そう思う理由が私には分からないが、これも常識の差なのか?」
「だって、あなたと私の姿はあっちこっちで目撃されてるでしょ?」
「街に寄った時の話なら、君の言う通りだろうな」
「でしょ?そうすると男女2人連れと言うキーワードで捜されるかも知れないから、女性何人かと一緒に行く事に変えた方が、あなたの情報が辿られないかと思って」
「なるほど、君の言う通りなのかも知れないが、私には君が別行動する様に聞こえるのだけれど、それは間違いと言う事で合っているな?」
「間違いじゃなくて合ってるけど」
「いや、何故だ?」
「だって、私があなたと背格好が似た人と別経路を行けば、みんなそれがあなただと思うでしょ?」
「思うかも知れないが、それは君がその男と2人きりで旅をすると言う事か?」
「うん」
「私と別れて、私ではない男と2人で?」
「あなたと背格好が似てれば、女の人でも良いけど」
「そう言う事ではない!」
男は思わず声に力を入れてしまった。リルが驚いて体を引く。
「どうしたの?魔力が漏れてるけど?」
どうしたのか上手く説明出来ない男は、娘を嫁に出す父親の気分とはこの様な感じなのだろうか?と原因を親心の所為にしてみる。
そうしてみた所で気持ちが落ち着く訳ではなかったが、男は「済まない」と応えて魔力を抑えた。
「確認だが、君はあの男達の中に、2人きりで旅がしたい相手がいた訳ではないのだな?」
「うん。あなたと似た人、いなかったんじゃない?」
「そうだったかも知れないが、もしいたら、その男と2人きりで旅をしたのか?」
「取り敢えず、次の街までは」
「次の?それは何故なのだ?」
「次の街で別れれば、2人連れがそこで消えた様に見えるでしょ?その間にあなたは王都に向けて進んでるから、時間が稼げるし」
「いや、私は、君はその男と旅をしたいのかと聞いたのだ」
「それは、相手に拠るけど」
「訊き方を変えよう・・・いや、言い方を変えた方が良いな」
「なんの事?」
「私は君と旅がしたい。出来たら王都に着かなければ良いとさえ、思い始めている」
「そんな・・・そんなの、ダメよ」
「ああ。分かっている。だが、そう思うのだ」
「それは・・・私が命の恩人だから?」
「確かに君は私の命の恩人だし、君の有能さのお陰で旅がかなり楽に出来ている事も理解している。それは確かではあるが、君には私が君といる事を楽しいと思っている事が伝わってはいないのだろうか?」
「それは、まあ、なんとなく」
「そうか。まあ、なんとなくとでも、伝わっていて良かった。それと私は、君も私といる時間を楽しいと思ってくれているかと思っていたのだが、間違いなのだろうか?」
「それは・・・間違いではないけど」
「そうか。ありがとう。その言葉が聞けたのは、とても嬉しい」
「でも!・・・」
「・・・でも?」
「旅が終わって別れたら、忘れる約束よ?」
「もちろん約束は覚えているし、君との約束は守る。だが、今はまだその時ではないではないか?」
「それは、そうだけど」
「私達は生きているのだから、何も感じない訳にはいかない。毎日一緒にいる君に対して、私が何の感情も持たないなど、有り得ないだろう?」
「それは、そうでも、でも、別れたら忘れるのよ?」
「だからと言って、わざわざ今の感情を殺す事もないだろう?」
「それはまあ、そうだけど」
「念の為に伝えて置くが、私は君に良い感情を抱いている」
「・・・良い感情って?」
「それは、なんと言うか・・・こう、友愛の情とでも言うのだろうか」
「友愛?」
「ああ。私には幼馴染みも友人もいないので、断言は出来ないのだが、多分これは、友愛の情と言うやつなのだろう」
「・・・私も、なんか、あなたが家族みたいな、そんな気になる事があるけど」
「ああ、多分、私もそれなのだろう。たとえ忘れる約束をしているからと言って、一緒にいるこの時間は、お互いに親しみを感じ合っても良いのではないだろうか?それを否定してしまわなくとも」
「・・・そう、ね」
「そうだとも」
「そうね。別れた後に忘れられるからって、今の気持ちを無視しなくても良いのね?」
「ああ。寧ろ大切にしたいと私は思う」
「・・・そうか」
「ああ、そうだとも」
男は力強く肯いて、親心などとは口にせずにこの場を乗り切れそうな事に、気持ちを明るくしていた。




