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働き過ぎは、聖女になりますので、ご注意下さい  作者: 茶樺ん


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名のある魔獣

 森を進んでいると、リルが足を止める。男もそれに気付き、音を立てない様にリルの傍に近付いた。

 辺りの様子を探知魔法で探っていたリルが、静かに茂みに入って行く。男もそれに付いて行った。


 少しずつ体勢を低くして行くリルに、男も真似をして進んでいくと、リルが男を手で制して止めた。

 振り向いて、声を出さずに口だけを動かして、リルは前方を指差す。

 その先遠くには、男が見た事のない魔獣の群れがあった。


 群れの中の1頭が2人の方に顔を向けている。

 男はその魔獣と目が合った気がした。

 途端にその魔獣は鳴き声を上げ、周りの魔獣達は一瞬でリルと男から遠ざかって行く。一方、鳴き声を上げた魔獣自身は、2人の方に加速しながら向かって来た。

 リルは男の肩を押してその反動で立ち上がると、男から少し離れて片手を構える。その手には傍の木から折り取った枝が握られていた。

 一方、押された男は手を突いてしまい、反射的に体を転がして、リルからは離れた場所で立ち上がる。

 その時には既に、2人を目掛けていた魔獣は、先に立ち上がったリルを目標に、向きを修正していた。


「離れて!」


 リルの傍に駆け寄ろうとした男は、枝を真っ直ぐに魔獣に向けてもう一方の手で男を制しているリルの姿に、後ろを振り向いて俯せに倒れると、自分の体を土ドームで隠した。


 ガンと言う鋭い衝突音と、それに続いてドタと言う鈍い落下音が響く。


 男は急いで土ドームから出ると、リルに駆け寄った。


「大丈夫か?!」

「うん、大丈夫」


 リルの様子を見て安心した男は、視線を離れた場所に移す。

 先程の魔獣はリルを通り過ぎて、木の根元に角を突き立てる様にして倒れていた。まだ魔獣は息があるが、雷魔法で麻痺している為に動く事は出来ない。

 リルと男は魔獣に近付いた。


「これはミディア。さっきの群れのボスね。魔石はここ」


 リルはしゃがみ込むと魔獣にナイフを突き刺し、魔石を取り出す。


「解体方法や可食部分は一緒だけど、この角とか素材になるから」


 そう言って立ち上がったリルは、群れがいた場所を眺めた。

 男もリルの隣に立って、その場所を見る。


「ボスがいなくなって、あの群れはどうなるのだ?」

「群れの中の次に強い個体が、新しいボスね」

「離散したりはしないのか」

「うん」


 リルが魔獣に視線を戻したので、男も魔獣を見た。


「さあ、解体しちゃいましょ」

「ああ」



 リルと男は最寄りの街に素材を売りに来た。売るのは魔獣のボスの角と毛皮だ。


 街に入る時にも門兵に「凄いな」と感心されたが、街中でも「凄い」と振り返る人が多かった。

 男が担いだ魔獣のボスの角は、かなりの人目を引いていた。


「これ、恥ずかしいのだが」


 男がリルに小声で耳打ちする。リルも小声で少し笑いながら返す。


「堂々としててよ」

「いや、何故かみんな、私が倒したと思っていないか?」

「ふふ、思ってるよね」

「そうだろう?君が倒したのに、手柄を奪っている様で恥ずかしい。なんとかならないか?」

「私が持とうか?」

「それでは今度は、自分では荷物を持たずに君に持たせているヒトデナシに見えるのではないか?」

「そうかもね」

「分かったぞ。君が華奢だから問題なのだ」

「華奢ってなによ?魔法なら、威力はあれだけど、使い方ならあなたにだってまだ負けないんだから」

「それは分かっているが、君の見た目が華奢過ぎるだろう?」

「普通です。あなたが逞し過ぎるのよ」

「同じものを食べて一緒に行動しているのに、これでは私が君から栄養を取り上げているみたいではないか?」

「そんな事を考えるの、あなただけよ?ほら、胸張って。堂々としてる方が、高く売れるんだから」

「そんな事はないだろうに」

「あるの。良いからしゃんとして」


 リルに突かれて、仕方ないやれやれと思いながら、男は姿勢を正した。



 冒険者協会で魔獣の角を買い取って貰う。


「これって、衝角の角じゃないのか?」


 リルと男を見上げながら、カウンターの係員が声を上擦らせ気味にそう言った。


「ミディアの角ですけれど?」


 眉根を寄せてリルがそう口にすると、係員は「もちろん!」とカウンターを平手で叩く。


「この辺りのミディアのボスだ!何人ものハンターが返り討ちにあっているんだ!」

「確かに群れのボスでした」

「知らずに倒したのか?」


 係員は男を向いて目を輝かせる。


「ダンジョン内のミディアなみだって言われてるのに?」


 男は小声でリルに尋ねる。


「そうなのか?」

「そんな感じでも、なかった気がするけど?」


 リルは小首を傾げながら、小声で男に返した。


「それで?皮もあるのか?」

「ああ」


 男はバッグから毛皮を取り出す。


「有名なミディアって知らなかったから、頭は埋めちゃいました」


 リルの言葉に係員は「なんだって?」と声を震わせる。

 角だけ手で持って来たんだから言わなくても分かるでしょ?とリルは思った。頭も持ってくるなら、角を切らない方が価値が高い。ただし持ち運びにはとても苦労をする。


「それ・・・いや」


 係員は角に手をやり、角を見詰めた。


「今更掘り返しても、角はくっつけられないか」

「そうですね。これだと値段が付きませんか?」

「いや、ただのミディアだとしても上物だ」


 係員は査定金額を提示する。


「ただし衝角なのに、これ以上は値段が付けられない」

「ええ、それで結構です」


 角と毛皮は、リルの見積より高い値段が付けられた。

 金を渡そうとする係員にリルが手を出すと、係員は金を引き下げる。そして男の顔を見た。

 男は係員に見詰められて、「どうした?」と尋ねる。


「渡して良いのか?」

「ああ、もちろん」

「あんたら、夫婦なのか?」


 リルと男を見比べながら尋ねる係員に、リルも男も咄嗟に言葉を返せない。


「違うんだろ?」

「あ、ああ」

「いくら仲が良くても、金の事はキチンとしておかないと、トラブルの元だぞ?」


 顔は男に向けてそう言いながら、係員はリルに金を渡す。


「そうか。勘違いしているのだな?」

「なにが?」

「その魔獣を倒したのは彼女だ」

「・・・え?」


 係員はまたリルと男を見比べた。見られたリルの顔に苦笑いが浮かぶ。


「だが、この人の言う事はもっともだ」


 男はリルを向いてそう言った。


「君には肉をただで食べさせて貰っているが、やはりきちんと金を遣り取りした方が良いのではないか?」

「あなたは角と毛皮を運んでくれたじゃない?」

「それなら私が食べた肉が労働に見合っているかどうか、この人に見積もって貰おう」


 男が係員を手で示すと、リルは首を左右に振る。


「何言ってるの?この人は関係ないでしょ?」

「角にしろ毛皮にしろ、私には見積が出来なかった。それは肉でも同じだ」

「あなたが狩った魔獣を私も食べたりしてるじゃない」

「それはほとんど吹き飛ばした後の、ほんの僅かな部分じゃないか?」

「最近は大分(だいぶ)形が残っているでしょ?」

「そうは言っても、私がこの魔獣を倒したら、こんな風に角も毛皮も売れなかった」

「だからこのお金は、私が貰ってるじゃない」

「それだけでは足りていないと言っているのだ。私もこの人も」

「お金の事はちゃんとしてるでしょ?その意味では言ってる事とやってる事が一緒よ。私とこの人も」

「いや、2人とも、俺が悪かった」


 係員が2人を止めた。


「だがらケンカはよそでやってくれ。そして俺を巻き込まないでくれ」


 そう言って係員は体を伸ばして手を伸ばすと、リルと男に後ろを向かせて背中を押して、2人をカウンターから離れさせる。

 そして2人の向こうに声を掛けた。


「はい、次の人!」

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