各々の理由
夕食として焼いたイガグリズリーの肉を食べながら、男はふと思い出した事をリルに尋ねた。
「そう言えば、素材不足で品物が高いと言っていたが」
「あの武具屋の人ね?うん。そうね」
「君は魔石が相場通りの様な事を言っていたのではなかったか?」
「うん。私が売った時よね?」
「ああ」
「大体、相場通りだったけど?」
「魔石は相場通りで、他の素材は値段が高騰しているのか?」
「ああ、その事」
「もしかしたら魔石は充分に供給があるのか?君も私も売ったのは魔石だけだったが、冒険者はそうする事が多いのか?」
「魔石は持ち帰り易いから、その傾向はあるけど」
「あるけれど?」
「武器や防具の素材って、ダンジョン産がメインなの。私やあなたが売ったのは、外の魔石でしょ?」
「外?」
「そう。ダンジョンの外のね」
「ああ、なるほど。こういう普通の場所は、ダンジョンの外と考えるのか」
「うん。ダンジョン内の魔獣の方が強くて、その素材も高性能なのよ。冒険者の道具はダンジョン産でないと、ダンジョン内の魔獣を倒せなかったりするから」
「そうなのか」
「うん。日用品とかには外産のが使われるけど、外産は別に品不足ではないんでしょうね」
「だから相場通りの値段だったのか」
「うん。そう思うわ」
「なるほど」
納得して肯いていた男は、別件を思い出した。
「そうだ」
「なに?」
「もう一つ教えて欲しい」
「うん。なに?」
「私は背が伸びたのか?」
「うん。手脚、長くなってるでしょ?自分では分かんないのかな?」
「いや、分からないが、何故なのだ?」
「え?知らないけど?ズボンとか服を作り直した時に、長くなってたけど?」
「それは魔力や魔法の影響などではないのだな?」
「う~ん?聞いた事ないけどね?分かんないけど」
「そうか・・・」
「体調が良くなったのとか、関係あるのかな?」
「そうなのだろうか?」
「どうだろう?あ!あなた、しばらく寝っ放しだったじゃない?」
「ああ」
「寝る子は育つって言うじゃない?」
「・・・育ったと言うのか?」
「うん」
「私の身長の伸びは、既に止まっていた筈なのだが?」
「そう?ヒゲ剃って若返った、は、背が伸びた後か」
「そうだな。中身が若返った訳ではないが」
「もしかして、肉食が続いたから?」
「なるほど。魔獣の肉か」
「うん」
「しかしそれなら、君のポーションの方が、私の体を作り替えそうだ」
「ああ、そうね。確かに」
リルは納得して「確かにそうね」と笑顔を男に向けた。男はポーションの臭さを思い浮かべていたので、リルの笑顔に苦笑する。
「ああ、そう言えばもう一つ」
「なに?」
「冒険者登録の時に、君は離れて見ていたな?」
「え?うん」
「何かあったのか?」
「え?何かって?」
「離れて見ていた事に、何か理由があったのだろうか?」
「だって、傍にいたら、あなたの名前が見えちゃうから」
「名前?」
「うん。名前、知ったらマズいでしょ?」
「ああ、なるほど。それでか」
「なんで?そうでしょ?」
「いや、仲間と思われたくないのだろうかとか、思われたら不具合があるのだろうかとか、考えてしまっていた」
「そんな訳ないでしょ?その後も一緒に換金したり、防具選んだりしたじゃない?」
「それはそうなのだが、ちなみに私が冒険者登録で使ったのは本名ではないぞ?」
「え?そうなの?」
「本名を使っている冒険者はいないのではないか?」
「え?そうなの?」
「君は・・・そうか」
「確かに変な名前の人多いけど、ベアとかウルフとかドラゴンとか」
「そうらしいな。自称で登録するから、役所が本人確認をする時は大変なので、本名登録を義務付けたが、形骸化しているらしいからな」
「あなたもウルフとかにしたの?」
「いや」
「なんて名前?」
男はリルから視線を外した。
「え?なんて名前?本名じゃないなら、教えてよ?」
「・・・ハルだ」
男は顔を少しだけ背けたまま、小さめな声で答えた。
「え?ハル?可愛いけど、あれ?ちょっと?なんで恥ずかしそうなの?」
「何でもない。いや、違う。恥ずかしがってなどいない」
「少し女性っぽいけど、もしかして恋人の名前?」
「違う、恋人などいない」
「婚約者も奥さんもいなかったよね?」
「ああ、いた事はない」
「じゃあ憧れの人?初恋の相手?」
「そうではない。そんな事はない」
「もしかして?娘が生まれたら付けようと思ってる名前とか?」
男はリルを見た。目は細めて、眉根も寄せている。
「・・・なんだそれは?」
男は心底不思議そうな顔と声で、リルに返した。
リルの口にした喩えは、男の常識にはなかった。




