いつもの焼き肉
冒険者協会の建物を出て、リルは男に尋ねた。
「そう言えば、今晩はどうするの?」
「どうするとは、夕食か?それとも泊まる場所か?」
「夕食もだけど、この街に泊まる?それなら宿を探さなきゃだけど?」
「君はどうするのだ?」
「あなたと一緒で良いわよ?でも、庶民向けの宿になると思うけど?」
「確かに小さな街だから、それは仕方ないが」
「小さくはないけどね。馬車や馬なら素通りだから、高級宿の需要がないのよ」
「馬車や馬が素通りして需要が少ないから、街が小さいのだろう?」
「え?あ~、なるほど」
リルは腕を組んで目を瞑り、軽く何度も肯いた。
「それで?結局どうするの?」
「君さえ良ければいつもの様に、土の拠点に泊まりたい」
「それは良いけど、それならそろそろ出ないと」
「そうなのか?」
「うん。さすがに街の傍や街道の脇に、拠点は作れないから」
「そうなのか?」
「技術的にじゃないわよ?冒険者の常識的に」
「ああ、そう言う事か。それなら街を出よう」
「あなたの用事は良いの?」
「情報なら先程の話で今は充分だ。身分証も作ったし、他には特に用事はない」
「防具も買ったしね?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ街を出ますか?あなたが良いなら」
「いや、ちょっと待ってくれ。その言い方は、私が何かを忘れていると言う事か?」
「そうではないけどね」
「いや、確かに君への礼を買おうかとは思ったのだが、どれも質が低く」
「ちょっと!」
リルは男の口を手で塞いだ。
「まだ街中なんだから、そう言う事は言わないのよ」
小声のリルの忠告に男は肯いて、リルの手首を掴んで手を離させる。
「分かった」
小声で返す男にリルは肯いて、男の服の肘を持った。
「じゃあ帰りましょう、は違うか。行きましょう」
リルの「帰りましょう」に肯いていた男は、苦笑を浮かべて「ああ」と応えた。
街から少し離れてから街道を外れ、森に入ってしばらく進んでから土魔法で拠点を作る。
拠点の中にテーブルやベンチを作ったりするのも、リルはもちろん男も既に慣れていた。
「そう言えばこの先はどうするの?」
男はリルの「何を」の部分が抜ける話し方に大分慣れて来ている。最近は「何を」の予想が大分当たる様になって来ていた。
「それは街に泊まるかどうかか?」
「ああ、それもそうね。もうすぐ森は切れるんじゃない?」
「確かに王都に近くなると、畑が増えて来るな」
「え?そうなの?木が減るって聞いてたから、草原かと思ってたけど畑なの?」
「ああ。王都の人口を支えるのには、多量の農産物が必要だからな」
「魔獣は?」
「畑ごと城壁で囲っているから、問題はない」
「城壁の中にはいないのね」
「穴を掘って入って来るタイプもいるらしいが」
「いるわね。ゴボウルフもそうだし」
「そうなのか?」
「うん」
「だが、見付けたら直ぐに退治するように、城壁内には守護兵が巡回しているので、問題はないとの話だ」
「そうなのね」
「君は王都近辺には行った事はないのか?」
「うん」
「父君がイザン工国の生まれと言っていたが、君自身はイザン工国の生まれではないと言っていたな?」
「そうだけど?なんで?」
「イザン工国からなら、オフリーに行くなら王都は通るだろう?」
「そうなの?」
「そうだが、違うのだな?」
「ええ、まあね」
明言しないリルに、男は「そうか」とだけ返して話題を変えた。
「そう言えば、オフリーのヒーラーのリルとは、君の事だな?」
「そう思うけど、借金を踏み倒したりも、男の人を騙したりも、お金を盗んだりもしてないから」
「それは分かっている」
「なら良いけど」
「だが、そんな評判が立っていたら、名乗り出たり出来ないのではないか?」
「そうね。本気で捜す気はないんじゃない?」
「人捜しを依頼して置いて?」
「分からないけどね」
「それもそうだな。捜す側の理屈は分からないか」
「ねえ?それなら行方不明の貴族の子息って、やっぱりあなたの事?」
「多分、そうだろう」
「亡くなったらしいって、どう言う事?」
「まあ、そう言う事だろう」
苦笑する男に対してリルは「ごめんなさい」と頭を下げた。
「なに?どうしたのだ?」
「私がオフリーでもどこでも戻って、あなたの事を直ぐに連絡して置けば良かったのよね?」
「いや、しかし、私も君に置いていかないで欲しいと頼んでいたし」
「でも、しばらく離れても大丈夫になった時にそうしてれば、きっと早く見付けて貰えたでしょ?」
「まあ、そうかも知れないが」
「ねえ?これからどうするの?」
「私の事なら、王都まで行ったら伝手を頼ってみようかと思っているから、問題ない」
「それ、急がないとダメよね?」
「いや。こうなったら、急いでも」
「ごめんなさい」
「あ、いや、違うのだ。謝らないでくれ」
「だって」
「いや、君を責めている訳ではなくて、私には弟がいるのだが、弟が跡を嗣ぐ事を皆が望んでいるのだ」
「え?跡って家の?」
「まあそうだな。それなので、私が死んだ事になれば、喜ぶ者も多い」
「そんな・・・」
「だから迂闊に生きているなどと知られれば、命の危険があるかも知れない」
「え?ウソ?じゃあ今までも?」
「食事に毒見が必要なのは、伊達ではないと言う事だな」
苦笑いする男にリルは悲しそうな顔を向ける。
「笑い事じゃないじゃない」
「今は誰にも狙われていないのだから、笑っても良いだろう?」
「そう言う問題じゃないわ。でも、あなたは家を継ぐ気はなかったの?」
「まあ、そうだな」
「・・・そう」
リルは視線を落として口を閉じた。
男はリルの所為ではないと思っていたが、リルに何と言葉を掛けたら良いのか分からない。
男の事で気を落としているのだから、リルを励ましたり勇気付けたりする事は違うのは分かる。軽口を叩ければ良かったかも知れないと思ったが、それは自分には合わないと男は思っていた。
重たい空気が拠点の中に満ちる。
男は風魔法で空気を入れ換えようかと思い付いたが、それも唐突過ぎる気がして実行出来なかった。
それを打破したのはリルだった。
「分かった!謝らない!」
リルは不意に顔を上げると、男に笑顔を向けた。
「お腹空いたからご飯にしよう!」
「あ、ああ」
男が呆気に取られている間に、リルは食事の準備をし始める。
「とは言っても、いつもの焼き肉だけどね」
「私は好きだから、歓迎だ」
男は少し平常心を取り戻してそう言いながら微笑んで、リルと一緒に食事の準備をする為に立ち上がった。




