解毒
リルの渾身の解毒魔法も、男の体に上手く染み込まない。
「魔法耐性が高いの?」
それならばとリルは、男に向かって清浄魔法を掛ける事にした。
使うのを見てリルが覚えた清浄魔法は、神官や僧侶が使う聖浄魔法と、効果は似ているけれど色々と異なる。
リルは前の杖があれば聖浄魔法も使えたけれど、今ここで上手く使える自信はない。
それなので杖を使い始める前に覚えた方の清浄魔法を男に掛けてみる。
しかし、これも上手く掛からない。
「なんで?」
聖浄魔法や清浄魔法は普通の魔法と異なり、魔法耐性が高い相手にも効き目がある筈だった。
解毒魔法よりは手応えを感じるけれど、それでも費やす魔力と打ち消す事の出来る魔毒に開きがある。
消しても消しても、男の中から魔毒が溢れて来る様にリルは感じた。
「杖があれば探知魔法で、原因が分かるかも知れないのに」
杖なしでの探知魔法でも、何らかの原因があることは分かるけれど、フォーカスが甘くて何が原因なのかまでは分からない。
「せめてゴボウルフ以外の、何と戦っていたのかが分かれば良いのに」
男の体を蝕んでいるのが、ゴボウルフの魔毒だけとは思えない。男がゴボウルフに囲まれる前に、もっと毒性の強い魔力を持つ魔獣に傷を負わせられたのだろうとリルは思った。そう考えれば男がゴボウルフに手こずっていたのも納得出来る。
「知らない人だし、もう放っておく?」
そう口に出してはみたけれど、苦悶の表情を浮かべる男を見れば、リルはそんな気にはなれなかった。
何より親の遺してくれた魔法で、浄化し切れないのは悔しい。
リルは男の服を脱がせて、親に作り方を教わった解毒剤を傷口に塗りながら、体中の傷痕を確かめる。しかしゴボウルフの噛み傷しか見当たらない。
「こうなったら仕方ないわ。ごめんなさい」
リルは男に頭を下げて謝ると、決意を込めた表情で顔を上げた。
そして残った解毒薬をすべて、男の口に押し込んだ。気絶するほど不味い筈だけれど、幸いな事に男は既に意識がない。それなのでリルの良心は、少し痛んだだけで済む。
「目覚めたら地獄かと思うけど、あなたの苦しみは無駄にはしないわ」
男に意識があったら驚くだろう言い回しをすると、リルは細心の注意を払って清浄魔法を男に掛けた。
そして長い時間を掛けて、男の中の魔毒を消し切った事を確認すると、満足したリルは体の力を抜いて、そのまま眠りに就いた。それは魔力を使い過ぎていたのもあって、気を失ったのに等しかった。