人捜しの依頼に付いて
リルは男への見本として、屋台で串焼き肉を買ってみせる。男は真似をしてパンを買った。
戻って来た男に向けてリルは手を差し出す。男は首を少し傾げながら、リルにパンを手渡した。
「考えてみたら、あなたには街での買い物の経験なんて、要らなかったよね」
「うん?何故だ?」
「だって、買っても食べられないでしょ?私が毒見すれば食べられる?」
「・・・確かに誰が作ったのか分からない物は、毒見をされても口にする勇気はないが」
「誰がって、あの店員達が作ってるけど?」
「あの店員達が誰だか分からないではないか」
「それもそうなのよね。屋台で売ってた物を食べて、お腹を壊す事もあるし」
「なに?それは毒が含まれていたと言う事か?」
「単に食材が古くて傷んでたんだと思うな」
「傷んだ物を売るのか?」
「たまにね。滅多にないわよ?」
滅多になくてもたまにはあるのかと思って、男は渋い表情を見せた。男との常識が違うのは分かっていたので、リルは男に肩を竦めて見せて話を終わらせる。
「それで、あなたはこれから情報集めをするんでしょ?」
「ああ、そうだな。その積もりだ」
「じゃあここで別れましょうか」
「なに?いや、何故だ?」
「え?だってあなたの情報、聞きたくないし」
「あ、ああ、そうか。そう言う事か。そうだったな」
「どこかで待ち合わせる?ここでも良ければ、これを食べて待ってるけど?」
リルは自分が買った串焼き肉と、男が買って来たパンを男に見せる。
「それともこのパン、記念に取っとく?初めての買い物記念」
「いや、食べて貰って良いが、そうだな」
「もしかして時間が掛かる?」
「いや、どうだろう?」
「どうだろう?もしかして、宛てがないの?」
「宛て?・・・宛てか・・・」
首を傾げる男の様子に、リルは肩を落とした。
「情報収集の方法が分からないのね?」
困った様なリルの表情に、男は少し怯む。
「まあ、そうなのだが」
「まあ、そうよね。それなら提案しても良い?」
表情を変えて首を傾げてそう言うリルに、男は「ああ」と肯いて返した。
「提案して貰えるなら、是非、お願いする」
「うん。じゃあまた、冒険者協会に行きましょう」
そう言うとリルはパンをバッグにしまい、串焼き肉は口に咥え、男の肘を取って歩き始める。
男はリルの手を放させて、自分からリルの腕を取った。
リルが顔を上げて男の顔を伺う。
「尖った物を口に入れたまま歩いたら危ないだろう?転ばない様にしなければ」
リルは立ち止まって串焼き肉を全て頬張り、串を口から出して男に肯く。
男は困った顔をして見せたけれど、リルは男の手を解かせてまた男の肘をリルが取り、冒険者協会に足を向けた。
冒険者協会のカウンターで、リルは係員に尋ねる。
「人捜しの依頼ってありますか?」
「最近は3件あったけど、みんなキャンセルされてるよ」
「3件?どんなのです?」
「1件は聖女だね」
「聖女って神殿のあの?」
「そうだよ。新しい聖女が生まれたんだか生まれるんだか」
「その捜索?」
「取り下げられたって事は見付かったのか?」
男が口を挟んだ。
「分からないね。取り下げ理由は不明だよ」
男の表情を見ていたリルは、視線を係員に戻す。
「へー。それで?残りの2件は?」
「もう1件は行方不明のヒーラーの情報募集だよ」
「行方不明ってどうしたんですか?ダンジョンで?」
「オフリーダンジョンで探索してたらしいけど、どこでいなくなったのかは分かんない様だった」
「オフリー?私、しばらく前までオフリーにいたけど、ヒーラーが行方不明なんて聞かなかったけど?」
「そうか?リルってヒーラー、知ってるかい?」
男がリルを向くけれど、リルはそれを無視して係員から視線を外さないでいた。
「リル?」
「ああ。オフリーにいたなら『輝きの光』ってパーティーは知ってる?」
「ええ」
「そのパーティーのヒーラーが借金を踏み倒して逃げたとか、男を騙して逃げたとか、マゴコロ商会から金を盗んで逃げたとかって話だよ」
「へー。もう一つは?」
「なんでも貴族の息子が行方不明とかって話だったね」
「貴族?どんな人なんですか?」
「人相書きが回されてたけど、なんでも亡くなってたらしいから」
「そうなの?」
「ああ。ただ3件とも情報料目当てのガセネタが多かったらしいから、見付かったんだか見付からなかったんだかは、ホントの所は分からないね」
「まあ、そうよね。でも、聖女は神殿が絡むから、見付かってるんじゃないですか?」
「いや~、聖女って今の王妃だろ?」
「そうなの?」
「そうだろ?だから貴族とか王族とか神殿とか絡んだら、良く分からないよ」
「へー、そうなんだ」
「ああ。確かなのは依頼が取り消されたって事だけだね」
「まあ、そうですよね」
リルは肯いて男に目を向ける。男が肯くので、リルは男にもう一度肯き返して、カウンターの係員に顔を向けた。
「分かりました。他の依頼を探してみます」
「今は人捜しはないから、そうした方が良いだろね」
「うん、ありがとう」
そう言って手を挙げるリルに、係員も手を挙げて返した。




