防具を買いに
冒険者協会への男の登録を係員に頼むと、リルは少し離れた場所で手続きの完了を待った。
続いて男が持っている魔石を買い取りカウンターで換金するのは、リルが前に出て行った。
その換金した金を持って、男の装備を揃えに武具屋に行く。
「彼に合う防具が欲しいのですけれど」
リルから掛かった声に、武具屋の店主は退屈そうな目を向ける。
「今は大したのは置いてないよ」
正直な店主の言葉にリルは顔を蹙め、男は苦笑した。
「置いてないって、なんでですか?」
「なんで?お前ら、冒険者だろ?」
意味の分からない店主の質問返しに、更に眉根を寄せて目を細め、リルは「そうだけど?」と不機嫌そうに返す。
「ここ最近、ダンジョンで採れる素材が不足してるの、知らないのか?」
「そうなの?」
「そうだよ」
「この街だと、オフリーのダンジョンの事?」
「ああ。オフリーからは全く素材が採れないらしい。ここに限らず付近の街では軒並み素材不足で、防具も武器も割高だよ」
「他のダンジョンは?」
「オンデは盛況らしいね。冒険者も挙ってオンデに行ってるって話だよ」
「オンデ?何かあったの?」
「なんでも有名なヒーラーがいるとかいないとか」
「いないとか?」
「そのヒーラー目当てに大手のクランがオンデに集まっているとかいないとか、そのヒーラーを雇えたクランが隠しているとか違うとか」
「随分あやふやなのね?」
「お前ら、冒険者だろ?知りたきゃ自分で調べなよ」
「それもそうね」
リルは男を振り向いて肩を竦めた。しかしリルのそのポーズの意図が分からず、男は眉尻を下げる。その顔を見てリルは少し笑みを零すと、店主に向き直った。
「割高でも良いから、何かありませんか?どんなのでもないよりマシですし」
「あるのは店に出てるだけだね」
「これだけ?」
「ないよりはマシだろ?」
「そうは言ったけど、サイズ合いそうなの、この1つだけなんじゃない?」
「多少は調節できるから、他のも取り敢えず合わせてみなよ」
しかし結局は、リルの指した防具が男には1番似合った。
「これでこんな値段するのね」
「仕入れが上がってるんだから仕方ないだろ?」
「どうする?」
男の分の魔石を換金した金額で、余裕で支払う事が出来る値段だった。それなのでリルが確認して来る意図が、男には今ひとつ分からない。
「どうすると言うのは、私には似合わないと言う事か?」
「え?似合うけど?」
「兄さんならなんでも似合いそうだね」
店主の言葉にリルが、眉根を寄せて振り向く。
「限度はあるわよ?オモシロ装備とかはダメですからね?」
「そんなの、勧める訳ないだろ?」
店主がイヤそうな顔を返した。
リルは肩を竦めて見せて、男を振り向く。
「似合うけど割高なのよ」
「この辺りの街なら品薄で、どこでも割高だろうね」
「だからここで買っても良いし」
「よそで買っても良いけど、戻って来た時にそれが売れ残ってるとは思わないでくれよ?」
リルが余計な事を言うなと店主を睨むと、今度は店主が肩を竦めた。
「いや、これを頂こう」
「そう?じゃあ、これ下さい」
「まいど。他は良いのかい?」
「他と言っても、ろくに品物がないのに?」
「剣とか、それ、人のを使ってるのかい?」
「これ?」
「これは私の物だが?」
土魔法で作った剣の柄に手を置きながら、男は訝しげな顔を店主に向ける。
「そうなのかい?サイズが合わないんじゃないのかい?」
「サイズ?」
「背が伸びる前に買ったんだろ?」
男は「いや」と否定を口にしたけれど、リルは「ああ、なるほど」と納得した。男はリルに「なるほど?」と顔を向けた。
「背が伸びたじゃない」
「私が?」
「うん、あなたの。背って言うか手足が伸びたでしょ?」
「そう・・・なのか?」
「気付いてなかった?剣の振り方もなんか窮屈そうだし」
「え?私が?」
「うん、あなたが」
「もう少し長い剣の方が、使いやすいんじゃないかい?」
店主はそう言うと、男に一本の剣を差し出した。
「こんなの、どう?」
男は剣を受け取り、鞘から抜いて持ってみる。一振り二振り振ってみて、「なるほど」と男は呟いた。
「確かにこの長さの方が、扱い易そうだ」
「そうだろ?今使ってる剣の下取りもするよ?」
店主の言葉に男はリルを見ると、リルは首を小さくほんの少しだけ左右に振って返す。男も小さく僅かに肯いて、店主に顔を戻した。
「いや、剣はまた今度にしよう」
「そうかい。じゃあ防具だけだね」
「ああ」
男は防具を着けたままリルと店を後にした。
店から離れて男がリルに小声で囁く。
「あの剣は、買わなくて良かったのだろうか?」
「買っても良いけど、今の剣と鞘は売れないでしょ?」
元から持っていた鞘と土魔法で作った剣の意匠が合わないので、鞘には土魔法で作ったカバーを付けていた。
「剣は土魔法で作った紛い物だし、鞘はあなたの身バレがしちゃうんじゃない?」
「鞘は確かにそうだな。しかし紛い物と言うが、この剣はこれでも充分に役に立つ」
「充分過ぎるのよ。あなたの土魔法で強化した剣だもの。店売りの剣と比べて丈夫だし、切れ味が良いし、普通の剣とは言えないから。うっかり売ったら出所を聞かれて危ないって」
「そう言う事か。秘密にしなければならないのだな?」
「あなたがその剣を作った事は、自分の身分を偽らなくて済む場所でしか言ったらダメだからね?」
「分かった。気を付けよう」
真面目な表情で肯く男に、リルも真剣な顔で肯き返した。




