手鏡
「街に行くなら少し待ってくれる?」
リルの言葉に男は「了解した」と肯いた。
男に退いて貰ってリルは鏡の前に座る。リルがハサミを手に持ったので、男が尋ねた。
「何をしているのだ?」
「髪が大分伸びたから、整えようと思って」
「街には髪を整える店もあるのではないか?確か、美容室とか言ったな?」
「あるかも知れないけど、街に入るならそれなりの格好にしないと」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものなの」
リルはハサミを持つ手を下ろして、男を振り向くと言葉を続ける。
「顔やスタイルは変えられないんだから、せめて見た目に気を付けないと、あなたの隣を歩けないでしょ?」
「何故だ?そんな事はないだろう?」
「そんな事あるから。少しでも釣り合いを取らないと」
「・・・君の言葉は、君が私より劣っている様に響くが、私の勘違いか?」
「勘違いじゃないわよ」
「君が私に劣る訳など、有り得ないだろう?」
「あのね?私があなたに勝てるのなんて、魔力操作くらいでしょ?」
「使える魔法の種類も、君は多彩だ」
「そうだけど、今は見た目の事を言ってるの」
「見た目にしても、君はその、そのままでも素敵だ」
「・・・はい、どうも」
リルは鏡に体と顔を向けた。
「いや、世辞ではないぞ?」
「はいはい」
「何故素直に受け取って貰えないのだ?」
「あなたがヒゲだらけのままなら良かったけど、ヒゲを剃って髪も整えたあなたの隣をこのまま歩くなんて、絶対にイヤ」
「いや、しかし」
「私がイヤなんだから、イヤなの!」
リルはまた男を振り返って、そう言い放つ。
「・・・分かった。私が悪かった。しかし、私は君がとても素敵だと、そのままでも充分に君は可愛いらしいと思っている事は知って置いてくれ」
「はいはい。子供らしくてカワイイのよね?」
リルは再び鏡に体と顔を向けた。
「いや、そうではない。女性らしくて可愛いと思っているのだ」
「もう、そう言うのは良いから」
そう言うとリルは改めてハサミを構える。鏡の中に男の顔が映っていたけれど、リルはそれを無視してハサミで毛先を整えて行った。
リルのその姿に、髪が折角伸びて来たのに短くするのは勿体ない、と男は思う。しかし口出しはしないで、その成り行きを見ていた。
リルは手鏡も取り出して自分の後頭部を確認し、また少しハサミを入れる。
それを何度か繰り返したら、「うん」と肯いてハサミを置いた。
「どう?」
鏡の中の男に視線を合わせてリルが尋ねると、男は「素敵だ」と答えて続ける。
「先程より更に素敵になった」
「ふふ、髪を切って更に子供っぽくなったって事ね?」
男は「いいや」と首を左右に振った。
「更に女性らしくて可愛くなった」
優しい表情でそう言う男の言葉に、一旦はリルの口元が緩むけれど、スッと表情を引き締める。
「あなたの常識的には、こう言う場合は女性を褒めなくてはダメなのね?」
「確かにそう教わるが、私は本当の事しか言えないので、良く怒られるのだ」
リルは眉間を寄せたけれど、ふっと息を吐いて笑った。
「褒めて貰ったんだから、文句を言ったらダメよね?」
「私は気持ちの表し方が下手なのだから、君が文句を言うのは仕方がないな。でも今の髪形は君に良く似合う」
「ありがとう」
リルはもう一度、男に笑顔を向けた。
男がリルの手鏡を指差して尋ねる。
「ところで、その鏡の後ろに描かれているのは、魔法陣なのか?」
「これ?うん、そうよ」
「君は魔法陣も描けるのか?」
「簡単なものだけだけど」
「凄いな」
「この手鏡を作ったのは父だけどね」
「そうなのか。何の魔法陣なのだ?」
「通話だけど」
「通話?通話とは?」
「う~ん、そうね。やってみせるね」
そう言うとリルは手鏡をしまい、鏡台をテーブルに戻しながら別の同じ様な手鏡を2つ作った。その1つを男に差し出す。
「はい、こっちを持って」
「ああ」
男は片方の手鏡を受け取ると、魔法陣の描かれた面と鏡の面とを交互に何度か確認した。
「落とさない様にしっかり持っててね」
「うん?ああ、分かった」
「それで、私の持ってる方に魔力を流すと」
「うお?」
言いながらリルが自分の持っている手鏡に魔力を流したら、男の持っている手鏡が振動する。
「あなたも魔力を流してみて。少しね?」
「あ、ああ。あ!」
男の持つ手鏡の鏡面に映っているのが、男の顔からリルの顔に切り替わった。




