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働き過ぎは、聖女になりますので、ご注意下さい  作者: 茶樺ん


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髭を剃る

 初めて男に片膝を突かれて感謝を告げられた時、この後直ぐにお別れなのだから、と思ってリルはその状況を受け入れていた。

 しかし再び片膝を突かれたりしたら、前回は我慢したぞわぞわとした気持ちも()り返して来るし、恥ずかしかったり照れ臭かったりいたたまれなかったり、ちょっぴり嬉しくて、それがまたいたたまれなかったりする事で、リルは自分の気持ちをだんだんと持て余していった。

 顔が熱くなるのを感じてチラリと鏡を覗けば、思った以上に自分の顔が赤くて、更にいたたまれなくなる。そして更に顔も熱くなった。もうリルには、鏡で自分の顔を見る勇気はない。


「じゃあ、じゃあさ?ヒゲを剃ったら誰もあなたって分かんないんじゃない?」


 なんとかリルは話題を変えられそうな、質問の様な提案の様な話を男に振る事が出来た。


「そうだろうか?」

「そこだけ剃ったら、どうせ残りも剃らなきゃでしょ?」

「それはそうだな」

「ね?剃ってみてよ?」


 リルは手を引っ張って男を立たせると、鏡の前に座らせる。髭剃りナイフを再び作って男の手に渡した。

 そして自分の顔が赤いのをこれ以上男に見られていたくはなくて、リルは男の視界から外れる様に、少し脇に体を避けて立つ。

 自分からも男を直接は見られなくて、リルは鏡越しに男の顔をチラチラと見ていた。


 男は鏡を見ながら、少しずつ髭を剃り落として行く。

 一通り剃った男は、「どうだろうか?」と鏡の中からリルを見て訊いて来る。鏡に反射した男がリルから見えていた様に、男からも反射したリルが見えていた。リルが照れている様子なのは分かっていたので、男はリルを振り向かずに、鏡越しに訊いたのだ。

 リルは良く見ようとして、男ではなく鏡に近寄る。


「まだ大分残っているから、あ!血が出てるじゃない?」


 リルは鏡に映った男の傷に向けて、治癒魔法を掛けた。鏡の中の男の顔の傷が薄れていくと、今度はリルは鏡越しに清浄魔法を男に掛けて、男の顔から血の跡を綺麗に消す。


「どう?治ったよね?」


 そう言って振り向くリルに、男は笑顔を向けた。

 リルは男の怪我を見た瞬間に顔の赤みが冷めて、真剣な表情を浮かべていたのだけれど、それを男は好ましく見ていた。


「ああ、ありがとう」


 男に微笑まれてリルも微笑み返すが、直ぐにリルは真剣な表情に戻り、眉根を寄せて男に近付く。


「剃り残し、結構あるじゃない?」

「そうだろうか?」

「どうする?私がやろうか?」


 男は隣に立つリルを見上げて、嬉しそうな表情を見せる。


「お願い出来るだろうか?」

「ええ。怪我しても、今みたいに直ぐ治すからね?」

「ああ、よろしく頼む」

「任せて」



 結果、リルは男に怪我をさせる事なく、髭を剃り終わる。

 しかし男の身嗜みを整える事が楽しくなってしまっていたリルは、伸びていた男の髪もハサミを作って切り整えていった。


「どう?大分さっぱりしたでしょう?」

「ああ」

「気に入って貰えた?」

「ああ、とても。とても自分とは思えない」

「ヒゲなくしたら若返ったよね?」

「君の中の私は、かなり老けていたのだろうな」

「髪色も瞳に合うし、やっぱり目を出して見せた方があなたに似合う」

「・・・そうか」

「ええ、そうよ?自分でも良くない?私が押し付けてる?」

「いいや。自分でも、こちらの方が似合うと思っている」


 男がリルを振り仰いで微笑みを向ける。


「似合う様にして貰って、どうもありがとう」

「どういたしまして」


 リルはそう返しながら、またいたたまれなさが振り返しそうに感じて、両手で挟んで男の顔を鏡に向けた。


「それでどう?これならあなたと気付かれないんじゃない?」

「そうだな。やはりかなり痩せて見えるが、この通りなのだろうか?」

「ええ。あなたの体も一回り細長くなったでしょう?」

「そうだろうか?自分では体は分からないが」

「最初にズボンを直した時と今とでは、ウェストは二回りくらい違うわよ?」

「そうなのか?それほどに?」

「うん。腕も最初の日より一回りは細いと思う。逆に胸は一回り厚くなったけど」

「そうだろうか?」

「トレーニングの成果が現れて、良かったわね?」

「まだ、剣速は戻っていないのだが」

「それは筋肉のみの時でしょ?強化魔法使えば、前より全然早いじゃない?」 

「まあ、君の言う通り、そうなのだろうけれど」

「そうなの。私の言う通りなの。それで?これならあなたってバレないと思うから、一緒に街に行ってみない?そうすればあなたの装備とか揃えられるし」

「そうだな。そうすれば、情報も集める事が出来るだろうけれど」

「そうよね」


 リルは鏡の中の男の姿に目を向けた。鏡の中の男がリルを見返して、二人の視線が鏡越しに重なる。


「ホント、別人に見える」


 鏡の中の男が苦笑するのがリルに見えた。


「ホントよ?疑ってる?」

「いや、信じているよ」


 笑う男を見て、リルは眉根を寄せた。


「信じてないんでしょ?」

「いや、信じていると信じて欲しいな」

「なにそれ?なんか、あなたを知ってる人を探し出して、あなたって分かるか試したくなって来た」

「折角髭を剃ったのだから、それは勘弁をしてくれ」


 男は再び苦笑して、リルを振り向いて眉尻を下げて見せた。

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