男の色
鏡の前で固まった男に、リルは不信を感じる。
「どうしたの?」
「・・・どうしたと言っても、色はこう言うものなのか?」
「色?」
鏡を見ながらの男の問いに、リルは首を傾げる。
「髪も髭も、色が違って見える。顔もほっそりとして見えるが、そう言う、私が望む様に見える様な補正を掛けているのか?」
「え?」
鏡の中に見えるのは、土で作られた単色のドームの背景、リルが採集素材で作った生成り色の男の服、冒険者として目立たない色のリルの服、ありふれたリルの髪色、そして男の髪と髭の色、後は2人の肌の色だった。
「よく見ると、瞳の色も違うな」
「え?」
リルは男の隣に立って、男の顔の隣に自分の顔を鏡に映した。
「あなたの髪や瞳の色は私に見えてる色だし、私の色もいつも通りだけど、あなたには違って見えるの?」
「ああ。この髪や瞳は不思議な事に、ちょうど私の父の色の様だな」
男は少し嬉しそうな表情を見せる。リルは一旦男を横目で見て、また鏡を見た。
「そうなの?でも、どう言う事だろう?」
「自然光ではなく、光魔法の明かりだからだろうか?」
「確かに、眩しくない様には調整してるけど、その所為かな?」
鏡の中の男を見詰めながら、リルは再び首を傾げる。
「まあ、色はともかく、髭を剃るのには問題がなさそうだ」
「そう?」
「ああ。少し剃ってみよう」
男がどこから剃るか、失敗しても目立たない所を探している横で、リルは首を傾げ続けていた。
「そう言えば、清浄魔法を掛ける前後で、あなたの髪色が違った様に思えたんだった」
「そうなのか?」
「うん。汚れが落ちたからかと思ったけど」
「あの日もそれ程は汚れていなかった筈だが?」
「血がはねたり泥が付いたりしてたわよ?」
「そうだったのか?」
「ええ。でも汚れだけじゃなく、髪色も落ちちゃってた?」
「清浄魔法とは、そう言うものなのか」
「ううん。私はいつも使ってるけど、髪色が変わったりした事はないから」
「物心付く前に既に変わっていたのでは?」
「それは分かんないけど、他の人も変わった事はないし」
「そうなのか」
男はどこを剃るかに注意を向けて、リルの話はそれ程は真剣に聞いていなかった。
そして決心を固めて、髭を1房剃り落とす。剃った髭を手に、男は動きを止めた。
「え?どうしたの?ケガ?!」
リルが慌てて男の手からナイフを取り上げてテーブルの上に置き、男の顔を両手で挟んで確認する。
「あれ?どこもケガしてない?」
リルは男の顔から手を離して、男の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
男が剃り落とした髭から視線を動かさないままなので、リルは段々と不安になって来る。
「ねえ?!」
男の肩を掴み、リルは大きめに声を出す。男はやっと手に持った髭から視線を外し、リルを不思議そうに見上げた。
「鏡に映ったのと、同じ色だ」
「色?」
「ああ」
「ヒゲ?」
「ああ。もしかして、私の髪も同じ色なのか?」
そう言うと男はテーブル上のナイフを掴み、髪を1房手に取って、ナイフを当てる。それをリルは止めた。
「なにしてんの?!ハゲちゃうわよ?!」
「あ、いや」
リルがナイフを奪おうとするので、男は危険だと思って抵抗しない様に手と腕の力を抜いた。リルは奪ったナイフをテーブルの上に置いて、土魔法でテーブルに溶かし込む。
見ると男はまた不思議そうな顔をしているので、リルは再び不安を感じた。
「どうしたの?」
「私の髪も、髭と同じ色なのか?」
「私にはそう見えるし、鏡にもそう映ってるでしょ?」
「信じられない・・・信じられないのだ」
「だからってハゲを作る事はないでしょ?」
「いや、そうだが、また伸びる髪よりも、私に取っては大事な事なのだ」
「大事って、まさか!目もくり抜く積もりじゃないでしょうね?!」
「目も」
男が顔に手をやろうとするので、リルはその手を抑える。
「止めて!私は目を再生したり出来ないんだから!」
「あ、いや。大丈夫だ」
「大丈夫に見えないよ!」
「いや。申し訳ない」
男の様子が落ち着いているのを確認してから、リルは体に入っていた力を少し抜いた。
「もう・・・どうしたのよ?」
「・・・君には、私の髭も髪も瞳も、鏡と同じ色に見えるのだな?」
「ええ、そうよ?」
「・・・そうか・・・」
男は鏡の中の自分の姿を改めて見た。
「外で見たり、違う鏡で見ても、こう見えるのだろうか?」
「私には、あなたはいつもその色よ?髪もヒゲも瞳も」
男は1度リルに顔を向け、もう1度鏡に視線を移す。
「そうか」
「どうしたの?いったい?」
「いや、そうだな、私の髪も瞳も、生まれた時から色は変わらなかったんだ」
「普通はそうだけど」
「私の髪も瞳も、父にも母にも親族にも、血の繋がりがある筈の誰とも似てはいなかった」
「そうなの?」
「ああ。生まれた時からだ」
リルは母親には父親に似ていると言われたし、父親には母親に似ていると言われていた。それは諦めと共に口にされる事も多かったけれど、そう言って褒められた時には嬉しかった事をリルは覚えている。
誰とも似ていないと言うのは男が自分で気付いたのではなく、誰かに言われたのかも知れない。そう思い付いてしまうとリルは、胸が少し痛くなった。
「だがこの色はどうだ?父上にそっくりではないか?」
男は鏡に手を伸ばし、そこに映る自分の顔に触れる。
男は急にリルを振り向いた。
「そう言えば君は!髪の色は魔法で変えられると言っていたな?!」
食い付く様な男の勢いに、リルは片足を半歩後ろに下げる。
「言ったけどその色にしたりしてないわよ?!だってあなたのお父さんの髪色とか知らないし!」
「いや、分かっている。君を疑っているのではない」
男は立ち上がり、リルに手を差し出した。リルがその手を取ると、いつかの様に男はその場に片膝を突く。
「髪がこの色になったのは、君がしたのではなくても、君の魔法の影響だと私は思っている」
「え?それは、あの、ごめんなさい」
「いや、ちがう。謝らないでくれ。君のお陰で、私は長年の悩みを解決出来そうなのだ」
「え?そうなの?」
「ああ。命を助けて貰えた上に魔法を教えて貰えただけではなく、加護が不要な丈夫な体になったのも、父と同じ髪や瞳の色になれたのも、全てリル殿のお陰だ」
「あの、加護は良く分かんないし、どれも成り行きで、やろうと思ってやった訳じゃないんだけど」
「それでも、リル殿と出会わなければ、今の私はない」
「そう言われると、何も言えなくなっちゃうけど」
「リル殿」
「はい」
男は以前の様に、リルの手の甲に額を付けた。
「改めて、あなたに感謝と忠誠を捧げる」
「あ、うん。別れるまでよね?」
男は顔を上げてリルを見上げ、そして顔に微笑みを浮かべる。
「ああ、別れるまでだ」
男の表情に寂しさを感じるのは気になるけれど、その言葉を聞いてリルは取り敢えず安心した。
「それなら良いわ」
男の気配に含まれる寂しさが増した様に感じて、リルは自分でも少し寂しく感じてしまった。




