加護の要否と有無
「そしたら、ヒゲの代わりに髪の毛を切る?それとも髪も切れない感じ?」
リルは話を変えようとしたけれど、それ程話題が変わらなかった。男が顎に触りながら呟く。
「髭を剃ってみるか」
「そう?そう言えば、神様の加護って大人になってから付いたの?」
それどころかリルは好奇心に負けて、話題を戻してしまう。
「いいや。生まれて直ぐに授かったらしい」
「え?ヒゲはどうしたの?」
リルが眉根を寄せて尋ねると、男も釣られた様に眉根を寄せた。
「どうしたとは?」
「生まれて直ぐなら、ヒゲはないわよね?」
「もちろんだ。髭は生える様になってから伸ばしたのだ」
「そうすると、赤ちゃんや子供の頃は、加護が足りなかったの?」
「それは大人になってもだな。私はずっと体が弱かった」
「え?でも、剣を振っていたじゃない?」
「その、どう言えば良いのだろう?こう、頭が痛かったり心臓や肺が痛かったり腹が痛かったりする症状が、入れ替わり立ち替わりで現れるのだ」
「そうなの?」
「そうなのだが・・・変だな?」
「何が?」
「いや、どこも痛くない」
「いま?」
「いや、今と言うか、いつからだろう?」
「・・・ねえ?」
「うん?」
「もしかして痛みがなくなったから、加護が消えたって事はある?」
「加護が?そう言うものなのか?」
「あなたの神様を知らないけど、その加護ってあなたの体を守ってくれてたのでしょ?」
「ああ、そう聞かされていた」
「だから詐欺なんかじゃなくて、あなたの体に加護が要らなくなったから、消えたんじゃない?」
「・・・詐欺ではなく?加護は本当だったと言う事なのか?」
「だってあなたもずっと、加護を信じてたんでしょ?」
「まあ、確かにそうだが」
「そしたら詐欺に遭ってずっと騙されてたって思うより、体が丈夫で健康になったから加護が要らなくなってなくなったって思う方が気楽じゃない?」
「ふっ、確かに、気楽かも知れないな」
「ね?」
「ああ、君の言う通りだ。そうだな。そう言う事にして置こう」
リルと男は笑顔を向け合った。
「それで?ヒゲは剃るの?」
「そうだな・・・君はどちらが良いと思う?」
「ヒゲがない方が治療し易いし、顔色も分かり易いけど」
「ふっ、なるほど」
「でもヒゲを剃って似合わなかったら、また伸ばすのって大変なんでしょ?」
「そうだな。私は余り髭が濃い方ではないし、まあ、似合わなくても諦めるさ」
「まあ、魔力を漏らせばモテると思うしね?」
「それ、本当なのか?」
「全員は無理でも、1割くらいの女性にはモテると思うから、大丈夫よ?」
「1割って、そんなものなのか?でも、まあ、私は魔力を漏らさない様にするよ」
「そうか。ギャップを狙うのね?」
「ふふっ、まあ、その様な感じだな」
男はまた顎を触る。
「しかし髭を剃るには街に行かなくてはならないな」
「え?なんで?」
「なんで?いや、だって、森の中では剃りようがないではないか?」
「え?剃ろうか?」
「え?まさか魔法で?」
「ええ?ヒゲ剃り魔法なんて知らないけど、あるの?」
「私も知らないが、ではどうやって剃るのだ?」
「土魔法でナイフを作って剃れば良いんじゃない?」
「ナイフで?危険ではないのか?」
「顔剃りナイフってあるじゃない?こんな感じの」
リルは土魔法で小型のナイフを作った。
「ああ、なるほど。剃刀を作れば良いのか」
「肌を湿らせながら剃れば、大丈夫なんじゃない?」
「なるほど」
「やってみる?」
ナイフを構えるリルに、男は少し体を引く。
「君、髭を剃った事などないのではないか?」
「うん。でも母が父のヒゲを剃るのを見てたから」
「え?母君が剃っていたのか?」
「うん。父は剃り残すんだけど、母はそれが許せなくて、仕上げは母がしてたから」
「なるほどな。しかし」
「あ、そうか。自分で剃る?」
リルが差し出したナイフを男は受け取った。
「しかし、自分では加減が分からないな」
「失敗しても、直ぐに治療するから」
「それはありがたいが」
「鏡がいるわよね?」
「持っているのか?」
「持ってもいるけど」
リルはテーブルの天板を鏡台の様に変形して、鏡を作る。
「凄いな、君は。これは光魔法?」
「うん」
男は鏡に映った自分の姿を見て固まった。




