街に行こうか、どうしようか
どこまでとは決めていないけれど、途中までは一緒に旅をする事にしたリルと男は、街道から戻って森の中を進む。一応、方角は王都に向いていた。
昼は森を進んで魔獣を倒しながら、魔法の制御を磨いた。
夜は土魔法で拠点を作って、そこに泊まる。
途中で見付けたイガグリズリーは男が難なく倒したけれど、魔法の威力が強力過ぎて可食部分が減ってしまった事に、気落ちした男をリルが元気付けたりしながら進んだ。
森の傍に街がある。
その直前の拠点で、2人は作戦を練った。
「街があるけれど、寄っては行かないよね?」
「私はそれでも構わない。しかしリル殿は、何か用事があるのではないのか?」
「魔石が貯まって来たから、宝石や貴金属とかに変えようかとは思うんだけど、先の街でも良いし」
「私で良ければ荷物を持つが、どうだ?」
「それは、ありがたいけど・・・」
リルは少し考える。
今となっては男の方が体力がある。それなので危険が迫った時に、瞬間的にはリルの方が足手纏いになる可能性が高かった。
「うん。お願いしても良い?」
「ああ、喜んで」
嬉しそうな男の様子に、リルは苦味を含んだ微笑みを返す。
事ある毎に男がリルを庇おうとする事に、リルは中々慣れないどころか、少し不安を感じる様になっていた。この先、男と別れて一人になった時に、体が鈍っていたり勘が鈍っていたりしないだろうか?
自分の装備なども見直して、上のレベルの物に買い換えて置いた方が良いかも知れない。
そんな事を考えいたら、リルはふと思い付いた。
「そう言えば、あなたの服とか装備とか、買った方が良いんじゃない?」
男の服は上下とも、リルが採取素材を加工して作った物だ。
「そうだろうか?このままでも良いかと思ったのだが」
「自分の魔法の威力、忘れたの?いざっていう時に慌てて魔法の制御が甘くなったら、そんな服では直ぐに破れるわよ?あなたが作った服なら大丈夫だろうけど」
男は魔法の制御がかなり上手くなっていた。しかし服を作らせると金属鎧の様な、柔軟さの欠片もない物しかまだ作る事が出来なかった。そしてそれは頑丈さでは、実は金属鎧を凌駕出来ていた。
「そうだが、しかし」
「私が選んで良いなら買って来るけど?」
「例えばだが、この服の上に鎧を着るなどはどうだろう?」
「バランス的には良いと思うし、いざという時にも服が破れなくて済むかもね?」
「ああ」
「だけど、その鎧をここまで運ぶのは、私には難しいかも?」
「いや、その問題があったな」
「店の人に運んで貰っても良いけど、多分鎧だと、サイズの微調整とかも必要なんじゃない?」
「サイズ調整は、魔法で変形すれば何とかなるだろう」
「そうなのね」
「ただ、運んで貰うにしても、私が姿を見せる事なく、君と鎧をこの森の中に置いて行かせるとなると、店員に怪しまれないだろうか?」
「怪しまれはするだろうけど、そのお店に今後は顔を出さなければ大丈夫じゃない?」
「いや、その様な不審な事を君にさせたなら、私を探している者に情報が渡るかも知れない」
「そうか。それもあるのね」
リルは首を傾けて、「あれ?」と首を戻す。
「あなたを探している人に、見付かったらダメなの?」
「探している人物による」
男の敵対者を想像して、リルは「そうか」と肯いた。
「変装して街に行く?」
「変装?」
「うん」
「道具も衣装もないが、君の魔法でどうにかなるのか?」
「髪の色を違えて見せたりくらいなら」
「そんな事も出来るのか?」
「光魔法でね」
「そうか・・・君と一緒にいる間に、光魔法は是非覚えたいのだが・・・」
リルは今も男に魔法を教えているが、男が使える魔法の種別は増えていなかった。
「普通は使える様になるまで、かなり練習が必要だからね?」
リルは男に向かってこれまでも何度か口にした言葉に、慰めと励ましを兼ねさせた。
「それに髭を剃れば、あなたって分からないんじゃない?」
「いや、この髭は、神の加護を強める為に必要なのだ」
「そうなの?神の加護?あなたの?」
「私の?ああ、私の加護だ。私の髭だし」
「あれ?ねえ?少し見せて貰って良い?」
「うん?構わないが何をだ?」
「あなたのステータス。治療するのに何度か見たけど、神様の加護なんて気付かなかったから」
「君には加護の有無も分かるのか?」
「神様のなんでしょ?加護って良く知らないけれど、神様の恩寵を受けてるかどうかは分かるから」
「そうか?いや、加護は授かっている筈だから、見て貰えるか?」
「うん」
リルは男の額と胸に手を当てて、探知魔法を使う。
「う~ん?見当たらないけど?」
「本当か?」
「どんな加護?ステータスを隠す様な恩寵もあるらしいけどね?」
「いや、普通に、健康を授かる加護だが?」
「う~ん?見当たらない」
リルは手を離すと、眉尻を下げた顔を男に向けた。
「もしかしたら、加護、消しちゃったかも?」
「なに?」
「あなたの中の魔毒を消すのに、解毒剤を傷口に塗って、あなたにも飲ませて、清浄魔法を思いっ切り撃ったのよ。もしかしたら魔毒と一緒に消しちゃったかも?」
「神の加護と言うのは、消えるものなのか?」
「聞いた事がないし、分からないけど、他に何か思い当たる?やっぱり隠れて見えないだけかな?」
「・・・もしかしたら、加護ではなかったのかも知れない」
「え?そんな事、あるの?」
「確か魔法には、掛けられた相手の状態を変えるものもあったのではないか?」
「清浄魔法はそれだと言えば言えるし、回復魔法もそうよね?」
「そうか。神の加護と聞かされていたのだが、状態変化系の魔法だったのかも知れない」
「え?・・・それって、詐欺って事?」
驚くリルに、男は1拍置いて肯く。
「そうだな。詐欺だったのかも知れない」
そう言った男の顔は無表情なのに、そこに悲しみが含まれている様にリルには思えた。




